テレビ報道を考える!! 日本大学 藝術学部 放送学科 「放送特殊研究V」ブログ

テレビ報道を考える!! 日本大学 藝術学部 放送学科 「放送特殊研究V」ブログ

開設:2006-05-25 (通年 4単位 3年以上 選択 江古田校舎 放送学科専門科目)

日本大学藝術学部放送学科「放送特殊研究V」(担当講師/坂本 衛)のブログ。2017年度のテーマは「放送・報道における日本語表現の研究」です。

高専生殺害 2006-09-08

こんばんわ。昨日は、私用で書き込むことが出来ませんでした。
すいません。

今、急いでバイト先から帰宅し、ニュースJAPANを見ました。

トップニュースは、やはり山口県の女子高校生殺害事件だった。
殺害したとみられる犯人が、同級生であり、自殺してしまっていることが発覚した。非常に残念な結果になってしまった。
彼の自殺により、殺害動機は誰にもわからない。明確になることはないだろう。

この事件が世間で騒がれているのには、要因があるように思える。

まず、二人の関係性が、誰もが認める“友達”であったこと。
女子高生の両親でさえ、「本当の友達だった。今でも彼がやったのではないと信じている」と言っていた。二人の間では起きるはずのない間柄だったのだ。

そして、またしても学生の殺人事件だ。またしても、といってしまうのは、やはり年々事件の低年齢化が進んでいるからだ。
このような若人の殺人は目立つ。

犯人とされている、男子学生が自殺して発見された。
一番、なぜ殺したのかという動機が焦点だっただけに、この結果はまたしても波紋をよんだ。世が一番知りたがった動機は永久に明確にされることがなくなってしまったのだ。

殺害された女性が、美人だったということもあるのではないだろうか。
前にも書きましたが、この事件は、言い方は悪いですが、ドラマチックです。
人々に“なぜ”と思わせる二人の間柄や、動機の不明確さ、さまざまな人間ドラマが含まれていそうな不可解な事件だ。

ニュースは、毎日起こる事件を報道し続けている。その中で、うっすらとだんだん人々の脳裏から消えてしまうニュースと、長らく騒がれ続けるニュースがある。
ここにも、いかに人々をひきつけるニュースを放送するかという試みがみられる。殺人は、どんなものでも心が痛む。
しかし、世間でかなり騒がれるものと、単発で流れるもの違いを、やはり“いかにドラマチックか”ということが大いに関係してくると思った。



番組名  『ニュースJAPAN』
放送局  フジテレビ
放送時間 23時30分~23時55分
出演者  松本方哉 滝川クリステル

【間野 留美加】

コメント

匿名性については、どう思う?

容疑者とされる男子学生が19歳だったということで、少年法の規定により匿名報道がなされているね。一部週刊誌は最初から実名、一部テレビ報道は容疑者死亡の段階から実名に切り替えた。

ニュースJAPANはどうでしたか?
その扱い方については、どう思う?

私も気になっていました。

>容疑者とされる男子学生が19歳だったということで、少年法の規定により匿名報道がなされているね。一部週刊誌は最初から実名、一部テレビ報道は容疑者死亡の段階から実名に切り替えた。(坂本先生)

私も気になっていました。日本テレビ系の番組では、被疑者死亡が確定された時点で、実名顔写真入りの報道がなされていました。しかし、他のテレビ局(フジテレビやTBS)や新聞社(私が見ている朝日新聞)では匿名報道が続けられていました。

こういう匿名報道は、局側の意向に合わせて実名に切り替えたりするのは、匿名報道をしている意味が無いと思うのです。確かに、国や報道機関が一律で「ここまでは匿名報道。ここからは実名報道」とするのには、問題があると思います。例えば、今回のように被疑者が特定されながらもなかなか発見されない場合。実名報道に切り替えるべきなのではないかという意見も出ました。しかし、どこか一局が匿名報道を止めた場合、その時点で名前が出てしまっているので、他の局で匿名報道をしていても意味が無いと思うのです。

あくまでも個人的な感情ですが、日本テレビ「リアルタイム」を見ていた時に、被疑者死亡の一報が出てすぐに被疑者の実名と顔写真が放送された時は、あまりにも呆気なく今まで積み上げた「何か」が簡単に崩れてしまったような気がしました。どこかで視聴率稼ぎだと思うのは、偏見でしょうか。

問題かな?

>森さん
>確かに、国や報道機関が一律で「ここまでは匿名報道。ここからは実名報道」とするのには、問題があると思います。

さすがに容疑者死亡とあっては仕方ないのでは。
少年が自殺した、という新たな事件だと僕は考えますね。

少年自殺の一報を受け、被害者の女学生のご両親が
「「娘のために隠れていてはおかしいと思った。私たちの姿を男子学生の両親にも見てほしいという気持ちで顔を出すことにした」ということで会見されてましたね。
どんなお気持ちであったのか察するにあまりあります。

匿名報道についてですが、早い段階で
名前や服装、顔写真などを出すべきではなかったでしょうか。
自殺のおそれはあったのに・・・
年齢によって犯罪の重さが決まるものでもないですよね。

被害者の気持ちは汲まれることなくこのような結果になり
本当に残念でなりません。

別の問題も

匿名と実名の問題も大きいと思いますが、私はむしろ、自殺した被疑者少年を犯人と決めつけたような扱いの報道の方が非常に気になります。

「容疑者自殺」 = 犯人 と、今の段階でまるで彼が殺人を犯したことが確定したようような報道がなされています。間野さんも彼が犯人だったという前提で、記事を書かれてませんか?

村瀬さんがおっしゃるように「少年が自殺した」という新たな事件=実名報道、というのもわからないではないですが、
多くのマスコミでは「彼の自殺によって事件の真相がわからなくなった」との報道ぶりです。

つまり「彼」=「犯人」扱いでは?

大元の警察発表がどんな文脈かわかりませんが、事実関係は「容疑者少年が自殺した。現在までに遺書は見つかっていない。」ということではないでしょうか。

容疑者は「容疑者」であって犯人ではない。

それがこうした報道によって、なんとなくうやむやになっていませんか。こうした報道によって、視聴者が事実をミスリードしてしまうこと、あるいはミスリードさせるような報道の仕方は、私は今のマスコミの問題だと考えます。

同感です。

私も経済学科卒さんのおっしゃっていることに同感です。

この事件が始まってその経過をニュース番組でちらちらと見ていましたが、彼が疾走し、発見されるまでの間の報道が、その男子学生をはじめから彼女を殺害した「犯人」として扱っているということがずっと気になっていました。どこかで自殺してしまっているかもしれないということも何度も頭をよぎりました。

さまざまな状況から判断した結果、彼が犯人であるという可能性がどんなに高かったとしても、その時点で容疑者を犯人として扱ったような報道の仕方はやはり間違っているのではないかと思いました。

匿名報道については私は、彼が未成年である以上は、彼が容疑者であれ、犯人であれ、まったくの無実であれ最後まで少年法を適用させるべきで、どの報道機関も国も一律できちっと守るべきだと思います。(サカキバラ事件でも犯人である少年の顔写真や名前がでたと聞きました)

容疑者(時には犯人)を追い詰めてしまうのであれば、少年法などある意味がまったくないと思います。


村瀬さんの言うように、彼が自殺したというのは新たな事件ではあるけれども、女子学生殺害の事件の容疑者でもあるわけだし、なくなって真相が明らかにならないのであればなおさらのこと、顔も名前も明かすべきではないと思う。殺された女学生のことを思うと揺れるものがありますが・・・。この線引きはなかなか難しいものですね。

私も

私も、実名報道するということは犯人扱いだと思います。
ちなみに8日からANNも実名報道に切り替えました。

実名報道への切り替え

経済学科卒さんの意見に同感です。
容疑者は容疑をかけられている人であり、犯人ではないはずです。
容疑者の死亡が確認された翌朝、日本テレビの番組を少し見たのですが、「自殺によって、容疑者の更正の可能性が失われたことにより、実名報道に切り替えた」という内容のコメントがありました。
これでは容疑者を犯人と言っているも同然です。
更正すべきなのは罪を犯した人で、容疑をかけられた人ではないはずですから。

容疑者が自殺してしまった以上、事件の真相はわからないままになってしまいました。
しかし、今回のような実名報道への切り替えはやはり疑問を感じます。
殺人など重大事件の被疑者は匿名報道から外す、などと少年法での取り決めがあればこのような曖昧で残念な結果に終わることもなかったのかな、とも思います。

にしてもこの問題はすごくむずかしいです、やはり。

報道を見ていて気になしました

検索をかけてひっかかって気になるブログだったので書きこみさせていただきます。
私は徳山ではなくほかの高専に通っています。
今回の報道をみて思ったのは、正直テレビ局がこの事件をあおっているということです。高専と言う一般にはない特殊な環境であり、5年間同じクラスまして研究室まで同じとなると特別な関係でなくても自然に話したりするものです。
正直被害者の両親も歩さんがいかに優秀化だけをはなし、哀れんでもらうかというように話しているように感じてなりません。
また、加害者を完全に犯人扱いし、特に極悪犯とまで言い切った新潮社には正直疑問を感じました。
日本の報道は加害者家族を悲劇のヒロインにして被害者をいかに悪者にしたてあげるかという報道の形が過激していると思います。
しかし、実際に今回悲劇を体験したのは加害者家族です。
あまり、加害者家族を苦しめるような報道はどうかと思います。
長文しつれいいたしました。

短絡養成劇場

高専生さんこんにちは。私は来月38歳になりますが、ふるさと岐阜県神戸町からわりと近いところに高専があり、中学で進路を考えるときにその存在を知りました。ただ理系なので、興味関心も成績も典型的な文系な私は、すぐに私の進路から外しましたが。
 さて、日本では片方をヒーローないしヒロインに仕立て上げ、もう一方を悪者にするのは今に始まったことではありません。私からすると少年は、マジメなだけに何かの拍子で思いつめてしまうタイプにみえました。そんな人をさらに追い詰めるようなマネをしてなお恥じないのが、日本のマスコミであり大衆です。ではどうすればよかったか? 私が実名でJANJANに、他者の記事へのコメント形式で書き込みましたのでよろしければ御覧下さい。
 いい加減、単純な構造に仕立てるのはやめたほうがいいです。そんなヤワな構造しか受け付けない教育がいけないのならすぐにでも変えるべきです。にもかかわらず、このごろでは誰も受験レースを批判しなくなったんですよね。安易に暗記や詰め込みに頼る弊害が、まだ分からないのでしょうか。

もっと他の情報を

このブログで皆さんの意見を聞いていると、報道のやりすぎな面や間違っているところが何かと取り上げられるので、私自身よくわからなくなってきています。

最近の報道を見ていると、皆さんの言うとおり容疑者は犯人扱い、亡くなっても尚その扱いでした。彼が死んでしまっては事件は迷宮入りだと言わんばかりの報道。これでは、見ている人が容疑者=犯人だと思い込んでも仕方ないと思います。

でもこのブログを見ていると、今度は容疑者の少年が自殺したのは過熱報道のためか?と思えてきます。マスコミが彼を追い込んだ、マスコミから容疑者=犯人の構造を植えつけられた、という風に。

感情論になってしまうのですが、私はテレビにしろブログにしろ、自分の意見がメディアによって偏ってしまうことに恐怖を感じます。この事件に関しては情報が少なすぎる。もっとたくさんの情報をたくさんの人が享受できるような報道にならないものでしょうか。

現状では流される

山本さん。それは報道関係者がNHKを含めて、他局(他社)を抜くこと、抜かれないことばかり求めているからではないでしょうか。最新の動向を追おうとするあまり、立ち止まって考える人がいなくなってしまうのではと思います。

山本さんへ

>容疑者の少年が自殺したのは過熱報道のためか?
少年が、一連の報道を聞きながら逃げていたとは思えません。
それとも、今後大事になる(過熱報道される)ことを恐れて、ですか?

なんにせよ、真相に一番近いであろう彼が自殺してしまったことについては、
他の誰でもない、彼自身に責任があると僕は思うのです。

「責任」能力は引き出せていたか

村瀬さん、私も彼は報道を聞きながら逃げてたのではないと思います。とはいえ、「おそらく」死後相当の日数が経っている、という最初の報道でそう判断しただけで、それ以降、続報にマスコミ報道で接するということがないので、なんともいえませんが。
 ただ、彼自身に責任があるというのはどうでしょうか。形式的には間違いなくそうでしょうけど、彼はしてはいけないことをただ「してはいけない」と言われてこれまで従ってきただけの人生を送ってきて、もししてしまった場合にどうすればよいか(遺族への謝罪、説明する責任等)にまで考えが至らず、ただただしでかしたことの大きさに押しつぶされただけのような気がします。おそらく彼の心の中では何か葛藤があったのでしょうけど、それをどう乗り越えられるかすら身につけていなかったに相違ありません。これら一連の対処能力をうまく引き出すのは周囲の責任だと私は思うのですが。なかなか一人じゃできませんから。
 ブログの趣旨とは関係ない話ですみません。実名にするかどうかは少年法のからみだけ考えればいいとは私は思いません。

続・ブログの趣旨と外れますが

>かじかさん
容疑者の少年が一連の報道を聞いていたかどうかは、
正直なところあまり問題ではないと思っています。

そして、少年については・・・、
>遺族への謝罪、説明する責任等にまで考えが至らず、
>ただただしでかしたことの大きさに押しつぶされた
かじかさんと全く同じように考えます。

ただ、今回の事件・・・上でも意見が出ていますが、
少年が100%犯人であるかどうかは、まだはっきりしていないですよね。
その状態で自殺してしまったことに、
僕はなにか、許せないものを感じてしまうんです。

責任から逃れるのと、責任から逃れるために死ぬのとでは
全然違うと僕は考えています。
最後の最後で、彼は本当に大きな罪を犯してしまった。
それが僕の印象ですね。

これを「周囲にも責任が~」という論にもっていくことは、
僕にはちょっと難しい。何故かというと、報道で
彼の友人や親族が、彼に対する優しい想いを語っているのを
聞いたからです。適切な言葉ではないかもしれませんが、
環境は、良かったと思うのですよ。

僕のこの考えも、一連の報道によって
作られたようなものですが・・・
容疑者の自殺は、とにかく残念です。
そう思った上で書いたコメントでした。

「環境は良かった」とは?

村瀬さん。少年が犯人とは言い切れないながら犯人である可能性は高いという点では同じだと思います。
 さて問題は、少年が自分自身で自分のことを「ヤバイ」と思う前に、周囲にSOSを出せるような人間に育っていたか否かだと私は思うんですよ。ということは、見かけの上で問題ない人間に育っても、それだけでは充分とはいえないんです。昔から「手のかからない子」といわれるような子どもが実はストレスを溜め込んでて、それが何かの折に暴発するようではかえってアブナイ、ってよくいわれるじゃありませんか。実際にそう育ってしまったら、今回のように即自殺してしまうのは目にみえてます。
 もちろんこの場合、少年自身の責任はまぬがれません。しかしマジメ人間にとって、自分の心の闇を語ったところで「そんなことではダメ」といわれて終わるような気がしてならないものです。それを本人だけの責任にするのは酷でしょう。自分のストレスとうまくつきあえるようになってこそ一人前であり、一人前になれるまでは育てねばなりませんから(それは親だけでできることではない)。なのに、大丈夫そうだから大丈夫、で片付けてしまうようでは問題とはいえませんか?
 村瀬さんからの反論もおありでしょうが、この場はあんまりふさわしくないと思います。どうしたもんでしょう?

とりあえず充分かと

>村瀬さんからの反論もおありでしょうが、
>この場はあんまりふさわしくないと思います。
ですね。それに、
僕からこれ以上色々と書くつもりもありませんよ。

この件に関しては、かじかさんと大体において同意見でして、
本人だけの責任・・・なのかどうか、
という点で異なるのみです。
それに僕も、容疑者だけが何もかも全部悪い!
とは、思っていませんし。

話し合いとしては、既に充分できたかなと思います。
勝手に幕引きしてしまうようで恐縮ですが、
これでよろしいでしょうか?

OK

いいですよ。ここまでにしましょう>村瀬さん

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●ブログ開設は2006年ですが、1999年からマスコミ演習、マスコミII、放送特殊研究Vといった授業を担当しており、2005年以前のレジュメなど古いものも置いてあります。(坂本 衛)