テレビ報道を考える!! 日本大学 藝術学部 放送学科 「放送特殊研究V」ブログ

テレビ報道を考える!! 日本大学 藝術学部 放送学科 「放送特殊研究V」ブログ

開設:2006-05-25 (通年 4単位 3年以上 選択 江古田校舎 放送学科専門科目)

日本大学藝術学部放送学科「放送特殊研究V」(担当講師/坂本 衛)のブログ。2017年度のテーマは「放送・報道における日本語表現の研究」です。

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広告放送は必要か? 2011-12-16

【広告放送は必要か?】

●民間放送(民放)とは?

・受信料で運営される「公共放送」NHKの存在を前提として、NHK以外の放送を指す用語。
・事実上は、商業放送または広告放送(前者のほうが意味が広い。広告があまり入らない有料放送は広告放送とは呼びにくいが、明らかに商業放送)。
・現在では、公共放送に放送大学が入る。民間放送に、第三セクターによるCATVやNPO法人によるコミュニティ放送が入る。ボーダーライン上での定義は、やや曖昧。

●民放の公共性とは?

・現在の民放は、東京キー局を中心に全国ネット体制を敷いており、広域圏放送や県域放送という「ローカル放送」でありながら、「全国放送」的な存在。当然、公共的な放送であって「公共」と大いに関係していることに注意。

●実態は、営利企業による広告つきの放送

・主として広告収入によって運営されている。

・多くの人が見れば見るほど、収入が上がる。

「どのくらい多くの人が見ているか」の指標(ものさし)が「視聴率」しかない。

民放は視聴率にこだわる。

●視聴率至上主義をめぐって

・「番組づくりにおいて(NHKや放送大学以外の)放送局が1%でも高い視聴率を取ろうとする」ことを「視聴率主義」と呼ぶとすれば、視聴率主義は、良し悪しの問題ではなく、民間放送・商業放送・広告放送にとって当たり前の話。それは民放テレビの原理。
・この意味の視聴率主義は、批判すべき対象ではない。それは、八百屋が大根を1本でも多く、トヨタ自動車がクルマを1台でも多く売ろうとするのと同じ。それを批判する者は「どうかしている」。

・視聴率主義と似ているが、「番組づくりにおいて放送局が1%でも高い視聴率を取ることを至上の題として、なりふりかまわず、手段を選ばずに視聴率upを図ろうとする」ことを「視聴率至上主義」と呼ぶとすれば、これは批判の対象。それは、八百屋が腐った大根を売りつけたり、自動車メーカーが欠陥車を売りつけたりするのと同じ。
・視聴率upを図るあまり、公共的な役割を忘れたり、過度に刺激的・扇情的な表現を使ったり、事実をねじ曲げたりすれば、これは徹底的に批判しなければならない。

・以上の「視聴率主義」と「視聴率至上主義」を混同し、的ハズレの主張をする人々が多い。
・テレビ局にも、混同する者がいる。たいていは、視聴率が取れないことの言い訳。
・現行の視聴率調査に問題があることは、また別の話(例 若者むけ番組の視聴率はハッキリ実態より低く出る)。

【この項は、授業で言わなかった追加】
・ドキュメンタリーの中には、「どうせ視聴率は取れないから」と、よりおもしろく、より視聴率を稼ごうとする努力を放棄しているものが、少なからずある。戦争・原爆・差別(部落・在日・ハンセン氏病)・病気(老い・痴呆・障害者)・貧困を取り上げさえすればドキュメンタリーになると思っている者が多すぎ、パターン化しすぎていてつまらない。
(ギャラクシー賞報道活動部門委員長を4年間やった者がいうのだから、間違いない!)

●「テレビは視聴率にこだわるから低俗になる」のウソ

・低俗=趣味・考え方・傾向などが下品で程度の低いこと。下品で俗っぽいこと。程度が低く、趣味の悪いこと。
・過去の高視聴率番組100や1000をチェックすればわかる。低俗な番組は、ほどんど含まれていない。低俗では高視聴率を取ることはできない。
・当たり前! ベストセラーも同様。マンガは俗っぽく、専門書よりは程度が低いとしても、何千万部も売れているマンガが、下品だったり趣味が悪かったりするわけではない。エロ・グロ・ナンセンスマンガの発行部数は、手塚治虫・鳥山明・井上雄彦といった作家たちのマンガより、はるかに少ない。

●視聴率が下がってきた→広告収入が減ってきた

・30%超えのドラマは、ほとんど見かけない。
・視聴率がくるのは国民的なイベント、大事件。ドラマでは、少なくなってきた。
・日本の広告費(電通)を調べよ。
・ひところ(1997~2006年の10年間)のテレビ広告費はざっと2兆円、GNPの0.3~0.4%などと言われた。それが落ちている。

06年2兆0161億円▲1.2%……番組0.8% スポット▲2.9%
07年1兆9981億円▲0.9%……番組8773億円▲0.6% スポット1兆1208億円▲1.1%
08年1兆9092億円▲4.4%……番組8656億円▲1.3% スポット1兆0435億円▲6.9%
09年1兆7139億円▲10.2%……番組7596億円▲12.2% スポット9543億円▲8.6%
10年1兆7321億円△1.1%……番組7132億円▲6.1% スポット1兆0189億円△6.8%

・番組広告費(「この番組は××の提供でお送りしました」と出るCM収入)の大きな落ち込みに注意。番組内容と関係ない、CM告知だけを狙った(新聞に入るチラシ的な)CMが増えている。

日本の広告費の推移

・↑テレビ・ラジオとインターネットの広告費を単純に比較してはダメ。ネット広告には、エロ、風俗、ギャンブル、貸し金、飲食など、放送で流れない広告もすべて入っているため。

・ものが売れない時代(成熟化、少子高齢化)
・IT化やグローバル化によるデフレ(物価安)
・不景気・円高
→テレビは、商品名の連呼と、インターネットに客を呼ぶためだけの広告メディアに?

●テレビで告知しなくても売れている商品を調べてみよう。

・口コミやネットで評判になり、在庫切れの人気商品(お米パン製造器)
・高級品(ベンツ、高級化粧品、億ション)
・ネット販売が定着しているもの(DELLパソコン)
・訪問・対面販売が定着しているもの(クルマ、医薬、老舗の保険)
・クルマCMは「新車が出た!」か「安い軽自動車」以外、あまり見かけなくなった。なぜか?

●やたらとテレビCMを打っている商品を調べてみよう。

・携帯、携帯ゲーム
・ゲーム機、テレビゲーム
・ビール(季節限定)
・永谷園、ハウス食品、缶コーヒー、カップ麺、まろにーちゃん的なもの
・洗剤、香取線香(季節限定)、消臭剤、大衆薬(風邪薬、胃薬、肩こり湿布、栄養ドリンク)
・若者むけのもの、安いもの、どうでもいいもの、季節限定で売りまくるものが多い。なぜか?

●積極的に「買ってくれ」と言っていないように見えるCMの意味を考えてみよう。

・ユニクロ、ナイキ

●企業は、テレビCMを打たなくてもものが売れることに気づきはじめた。

・北米トヨタの新車販売
・パナソニックの石油ファンヒーター探し

●民放テレビは、明らかに長期低落の道をたどり始めた。

・15~20年後には、存在しないテレビ局があるはず。
・ただし、影響力は削がれるが、なくなるとか、ネットに置き換わるとかいうことはない。

【坂本 衛】
 

コメント

もうちょっと具体的に

「1年間の授業を振り返ってコメントをつけよ」とだけ言って、別に文字数は指定しなかったわけだ。しかし、ただ「有益だった」というだけでは、あまりにもそっけなさすぎだと思う。そうは思わない? もうちょっと具体的に論じてもらいたい。

・なぜ、どのように、テレビの震災報道のあり方を考えさせられたのか。
・その中で、当授業のどんなところが、なぜ、どのように有益だったのか。

今後、社会に出て、たとえば世話になった人にハガキ1枚でも礼状を書いたほうがよい、というような場面にしばしば出くわすわけだ。そのとき「有益でした。ありがとうございます」だけではダメですよ。大きめの字でも、ハガキ裏面を埋め尽くすくらいに、もうちょっと相手に「なるほど、そうか」と思わせるようなことを書かなければ。

以上、よろしく。

TVがなくなる可能性。

以前、本校の生徒であった学生です。

坂本先生のブログを拝見しまして、非常に興味深く、色々と記事を読ませていただいております。
今思えば、学生時代にちゃんと授業を受けておけばよかったなと後悔しております。


この度は、本記事の「民法テレビがなくなるとかネットに置き換わるとかがありえない。」という点に対して、自分なりの意見があり、投稿させていただきました。

率直に言いまして、自分は、TVがなくなる可能性はあると思っています。


そもそも、今のテレビの放送体系って不自然だと思うんです。
というのも、いまどき、なんで、わざわざお金払って放送してるのかなと思っているのです。

元々、今までは、公共の電波をお金を払って買わなきゃ放送出来なくて、国から放送の権限を与えられたテレビ局があって、その製作費を得るために広告を募集し、みんながTVを見るから広告を出すスポンサーがいました。

ですが、ここまでインターネットが普及した今、実際はやろうと思えば、誰でも無料で放送出来てしまうようになりました。
しかも、今は、TVを見る人が減って広告費が減り、逆にインターネットの広告費が増えている。

わざわざ、電波代を払わなくても放送できる環境の中で、なぜ国に高い波代を払ってまで公共の電波を使って放送しているのか、僕には謎です。

・ネットがない人にも見えるように?

そんなのは、電波塔を建てるように、インターネットのインフラを進めればいいことで、今はWifiとかの電波もありますよね。現にすでに光ファイバーの普及率は非常に高く、逆に建物の関係で、テレビの電波が届きにくい家庭はネットの回線で見ているところもある。

・誰でも放送できるネットでの放送は、信頼性がないから?

そもそも、今のTV放送の情報にも信頼性はあるのでしょうか?
東日本大震災であれだけのデマを流したマスコミ。むしろネットの方が正しい情報があったのでは?
もう、テレビが言っている情報が正しい時代は終わったんです。
かといって、インターネットだって信じられません。
今は、多くの情報の中から正しい情報を自分で見極めなければいけない時代になっていると思います。


じゃあ、なぜ、今の放送体系を続けているの?

僕は、放送というものに色々な人が関わり過ぎていて、いきなり変えると各所に支障がでるからではないかと思っています。

でも、それって時間をかければ変えられると思うし、変わっていくと思うんです。
でなければ、変えなきゃいけないと思っています。

で、そうなるとテレビ局っていらなくなるんじゃないかと。
制作会社が各自で作って、ネットに上げられる時代が来るのではないでしょうか。
ソフトバンクとかジャパネットたかたみたいに、自分で番組をつくる会社も普通になると思います。

ただし、まとめる組織みたいなのは、必要になってくるとは思います。
今でいうと、ニコニコ動画のニコニコ生放送みたいなイメージです。
あれってドワンゴが管理して枠とか売ってるじゃないですか。

まあ、そこの部分を国が担当して枠を売るみたいなことも考えられますが、インターネットの性質上やりにくいと思うんです。(結局、誰かが同じようなシステムを作って無料で放送出来てしまうから)
ただ、電波と同じようにインターネットの回線を国が管理したり、法律で放映権を独占するような愚行に走ったら別ですが。


とはいえ、新聞や雑誌、ラジオなどのメディアだって、衰退はしても、無くなってはいません。
だから、TVもと思うかもしれませんが、100年後200年後、それらが、今の媒体を維持できているかといえば疑問です。

長期的に見れば、それらのすべての媒体がなくなっていても不思議ではないと思うんです。

でも、完全になくなるってわけじゃなくて、インターネットと融合して新しいメディアになっていくんだと思います。

よくTVの人は、ネットがテレビに置き換わるという表現をしますが、その表現は正確ではないなと感じています。

そもそもテレビとネットは土俵が違うんです。
テレビが情報を出力する単たるデバイス(装置、媒体)であるのに対して、ネットは情報の整理の仕方というか、情報をやりとりするシステムの構造体系なんです。だから、もしもテレビと比較するなら、ネットではなく、パソコンのが正しいと思います。
(もし、テレビというのが、その装置でなく、電波を利用したネットワークの方であったら話は別です。その場合、インターネットで出来ることをわざわざ高い料金を払って公共の電波を使う意味がわかりません。)

だから、ネットっていうシステムを使って、テレビから情報を出力することだって出来る。アクトビラとか、最近はネットにつなげるテレビがほとんどだと思います。
だから、テレビでYoutubeだって、ニコニコ動画だって見れるんです。
じゃあ、パソコンとテレビの違いは何か?

その唯一のテレビをテレビたらしめているものが電波なんです。
そして、最近、マンションなどの集合住宅などでは、アンテナではなく、光回線でテレビを見ている家庭もあります。

そういう状況で、電波放送を続けるのは不自然ではないか?
正直、僕には電波放送を続ける理由がわかりません。

震災の後、被災地の方のために、民法、NHKともテレビだけでなくUstreamでもミラー放送をしました。
ああいう風に、スマートフォンからでも、自宅のモニタからでも、ありとあらゆる場所、デバイスから見られる放送体系になっていくんだと思います。

だから、僕は広告放送も必要ではないと思います。
少なくとも、今の形では。
ネットと融合した(今のような、続きはWebで的な手法でなく、もっと構造的に融合した)、より効率の良い広告手法になっていくと思うんです。



意味不明な点が二つあります。

コメントありがとう。

あなたは「なぜテレビ局が国に高い波代を払って電波によるテレビ放送を続け、タダであるネット放送をしないのか、わからない」という疑問を抱いているわけですね。

この疑問には、意味不明な点が二つあります。

(1)高い波代
波代って何ですか? それはいくらで、何と比べて高いんですか? ひょっとして「電波利用料」のことならば、これは電波の借り賃ではない。そんなものは1953年にテレビが始まって以来、半世紀年近く存在しなかった。これは、地デジの準備を始めるとき、大蔵省が「アナアナ変換などというバカな政策に予算はつけない」と言ったから、郵政省(現・総務省)が支配下にある携帯電話会社などから集めることにしたカネ。といっても、携帯会社は負担せず、携帯利用者の電話代に上乗せして取って国に収めているだけの話。むろん携帯会社の払うカネのほうが、放送局の払うカネよりはるかに高い。

(2)タダであるネット放送
ネット放送は、別にタダではありません。動画に限らずどんなコンテンツであれ、ネットに流すほうも見るほうも、カネがかかる。私が作ってあなたが読んでいるサイト(の文章)も、あなたにとってはタダでも、私がコストを負担している。そんなことは当たり前でしょう。

以上二点は、ネットでよく調べたうえで、ご自分の考えをまとめ直したほうがよろしいと思います。その後でもなお、

> 僕には電波放送を続ける理由がわかりません。

ということならば、理由を説明しましょう。以上、取り急ぎ。

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