テレビ報道を考える!! 日本大学 藝術学部 放送学科 「放送特殊研究V」ブログ

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開設:2006-05-25 (通年 4単位 3年以上 選択 江古田校舎 放送学科専門科目)

日本大学藝術学部放送学科「放送特殊研究V」(担当講師/坂本 衛)のブログ。2017年度のテーマは「放送・報道における日本語表現の研究」です。

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水俣─患者さんとその世界─(後半) 2011-01-21

【先週と今週はこれ↓】
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水俣─患者さんとその世界─
1971年(167分)
製作/高木隆太郎
監督/土本典昭
撮影/大津幸四郎
第1回世界環境映画祭グランプリ、マンハイム映画票デュキヤット賞、ベルン映画祭銀賞、ロカルノ映画祭第3位
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坂本による解説、つづき。

●『水俣─患者さんとその世界─』は土本典昭(つちもと のりあき、1928~2008年)の代表作。もう一本と言われれば、坂本は『ある機関助士』(1963年のデビュー作。国鉄のPR映画だが、カネを出させた国鉄の意図とはかけ離れた名作。最高のSL映画との呼び声も)を挙げるが、もっともこだわったのが水俣問題。『医学としての水俣病』三部作 (1975)はじめ20本近い映像作品を残した。

●土本典昭は、その目指す「未知のドキュメンタリー」を、「(1)歴史的な尺度での人間への信頼、(2)映画人としての独立。(3)そして何より、科学をもって四囲のデータをかため、その科学を表現としての芸術に高める」ことによってのみ到達できると定義。自らの映画づくりに、以上3点の条件を厳しく課した。土本は「いわゆる通常TV局の客観的報道なるもの、Aの意見、Bの意見をならべるといったものと画然と区別されるファクターは、右の3点のほかに、両者ともに正負にせよ関係を持続しぬく覚悟であろう」という。

●土本典昭に、水俣との関係を持続することを覚悟させたものは、65年にテレビ取材で水俣を訪れたとき、患者家族が土本にぶつけた「なして撮るか」「撮ったって少しも体がよくならんばい、この子は。人を見せ物にして」という言葉だったとされる。この言葉に衝撃を受けた土本は、水俣で家を借り、本格的な撮影を開始する。その最初のまとめが、この映画だ。

●「カメラが対象(被写体)によりそう」という言葉があるが、それとは違うね。カメラを担ぐ者の、そこに居着くことによる関係性の構築というか、どうしてもカメラを持ってそこにいたかった(で、彼らに会ったり、ともにいたかった)というか。以上の「関係性の構築」について、たとえば『ゆきゆきて、神軍』原一男の「関係性の構築」と比較して考えてみよう。そのあり方は大きく違うが、両者とも「関係性」について模索し、もがき苦しんでいることがわかるだろう。

●いずれにせよ一般的なテレビの報道は、なるべく「関係性の構築」をしないように、取材したり撮影したりする。その多くは「客観報道」という名の「傍観者報道」「ゆきずり報道」だと、坂本は考えている。それではダメだと思う者が、ドキュメンタリーを撮る。だが、東京キー局では報道しなければならない事象が多すぎ、日々時々刻々の「客観報道」を送り出すだけで精一杯。「ゆきずり」でない「居続け」をしているヒマがない。

●地方局も、人も時間もないが、地方局の「客観報道」の多くは東京発(たとえば国会とか内閣がどうしたという政治報道は、キー局のものをそのまま流す)。だから、地方発の「客観報道」(これもほぼ手一杯だけど)の合間に、たとえば毎週土日にディレクターがカメラマンを頼んで(あるいは頼まず自分でカメラを回して)被写体を訪ね、半年かけてドキュメンタリー1本撮るという余地があるわけだ。なお、以上は民放の話で、規模が大きく人・時間・カネに余裕があり、視聴率を気にしなくてよい(視聴率と収入額が連動しない)NHKは話が違う。NHKは本体で「居続け報道」ができる。

参考:↓読んでみるといい。

土本典昭の100年の海へ http://wcnt2009.blogspot.com/

《坂本が授業で言ったこと。時間がなく、昨年度以前の授業で言ったことも含む》

●最初は港の魚を食った猫が、狂ったように飛び跳ねたり、よろけたりして死んだ。小さいものが大きいものに食われる「食物連鎖」を知っているだろう。汚染物質は、汚染されているものを食ったものにだんだん溜まっていき、最後に食ったものに大量に蓄積する。それが猫や人間だった。

●神経症状が出るので、患者が(キチガイ、狂人、狂ったと)忌み嫌われ、ひどい差別を受けた。「病気がうつる」という話もあった。症状は比較的軽いが、患者であるという理由だけで離縁された女性が映画に出てくる。病気の影響がなかったら、あの人は田舎ではとびきりの美人だったんじゃないか。いちばんひどい患者差別は、当の水俣で起こるんだよ。水俣の周辺地区では、魚が水俣同様に売れなくなるという理由で、同じ症状の患者発生が隠匿された(冒頭エピソード)。たとえば東京のヤツは、自分たちとまったく関係ない話と思っていた。

●「なにが高度成長か」と絶叫する演説が出てくるが、そのとおりだと思う。後半、村むらを訪ねて日のあたらない患者を発掘し声を挙げよと説得する人が出てくるが、あの家並みを見ても、「あの頃の日本は貧しかったな」と実感する。日本がGDPで西ドイツを抜き世界第2位の経済大国になったのは1968年で、この映画はその後なのだ(ちなみに中国がGDPで日本を抜き世界第2位の経済大国になったのは2010年)。70年代まで患者発生が続いたこと、患者認定や補償裁判の経緯から、国・県による原因究明、対策、補償が話にならないほど遅れたことは疑いない。そういうデタラメな国、無責任な国、貧しい国が日本だ、ということを忘れるな。

●映画に出てくる胎児性の子ども(昭和34年生まれ、36年生まれ)は、坂本(33年生まれ)と同い年くらいだ。「これは自分が小学生のときのものだ」と見る私は、到底、他人事《ひとごと》とは思えない。ただ水俣湾に面した地域に生まれ、おっ母さんが港に上がる魚を食っただけで、目が見えず、まっすぐ歩けない。大昔の話ではない。私と同世代、諸君の両親と同世代で、いまだに苦しんでいる人がいる。そういう「事実」を視野に入れておけ。

●映画は静かな海の、漁師の小舟から始まる。タコを採ってるじいちゃんも出てくるね。若い患者の遊ぶ場面や、胎児性の女の子(たぶん坂本とそう変わらない歳だ)が、ほかの子どもが遊んでいたり生活感ただようなかで、なんというかひょろひょろと歩くシーン。直接、病気がどう原因企業がこうでと言わない、ああいうシーンが(私の場合は)目に焼きつく。監督・土本典昭も「これだ」と思い「おおっ」と感動しながら撮ったんじゃないかと思う。間違っても、単なる公害告発映画と考えないように。

《坂本が授業で言わなかった追加》

●水俣病患者の不幸は、イケイケドンドンの高度経済成長の犠牲になり、見捨てられ放置されたというだけではない。「公害とは階級問題である」と主張するようなバカどもに利用され、患者救済運動が反政府運動のようになりすぎた面がある(古い『現代用語の基礎知識』なんか読んでごらん。公害は階級問題だと書いてある。ソ連・中国・東欧諸国の公害問題をまったく説明できない妄想が、公然と語られていた)。あまり指摘されないが(何しろ救済運動側の責任大という主張だから)、そのことが問題をこじらせ、解決を遅らせたことは否定できない。検証が必要だ。

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2010年度の授業はこれでおしまい。お疲れ。3年の受講生は1月26日付けの記事を熟読のこと。

コメント

中国の環境問題

中国出生欠損観測センターによると、1996年から2007年までの11年間で先天性障害児の出生率は8.77%から14.79%に上昇したそうです。
 正直、この数字を見たときは信じられなかったです。しかし中国の地方政府は環境問題に対し「経済の発展には汚染はつきもので、驚くことはない」という考えを持っていると知って納得してしまいました。 そして、日本も昔は同じような考えを持っていたという事実。
 日本を含めた先進国がこういった公害問題を経て現在に至るのなら、私たちはコストを省みずによりもっと発展途上国の環境問題に取り組んでいかなければならないのではと感じました。

環境とは

今回映像をみて、
環境とは、保護するものなのか破壊するものなのか。
もしかしたらどちらでもないのかもしれない。
ふとそんな疑問が頭の中に浮かびました。
ecoと騒がれ、それが流行化しつつある今の日本は、戦後65年あまりで驚くべき成長を遂げました。と同時に、多くのものを犠牲にし、その一つが日本古来の自然であるのだと思います。人々の進化と成長には、一番大切なものを犠牲にしなければならないのでしょうか。
結局、その影響が見返りとなって人間にふりそそいでいるのでは、本当に文明の発達になっているのやら、と思ってしまいます。
危機感のない人間達は、事件沙汰になってからようやくその価値に気づくものです。

じいさんとタコ

爺さんの腰から吊るされたタコ。
眼と口の間が弱点だからといって、歯でタコを噛み殺して腰の辺りにぶら下げる。海中でゆらゆらと揺れる、爺さんの腰元から無数に連なったタコ、タコ、タコ。
当時の生活観というか、ロラン・バルトでいうところのプンクトゥムがよく現れていて、写真的、構図的にも美しい。
この人たちはこんな風にして、海と暮らしていただけなのだ。そう思うと、そんな日常風景が水俣病の悲惨さを際立たせるようで、妙な無情観に包まれた。

日テレの筆記試験にて……

先日、日本テレビの就職試験のクリエイティブ試験でこんな問題が出ました。

「誰もが納得出来る様な公式を作りなさい」 
(例)石田純一 - 靴下 =ただの中年

僕はその問題でこんな公式を作りました。

「地球-人間=平和」

僕は心の底からそう思います。もし地球に人類が存在しなければ地球には戦争も無く、そして環境問題も無く、ただ美しい蒼い地球があったんだなと、この映像を観て思ってしまいました。

土本典昭の執念

土本典昭の執念がこの作品の全てだと思う。
こういった作品は、作り手の情熱が色濃く反映されるものだと感じた。

歴史の影の部分に光を当てる事がドキュメンタリーの重要な役目であると思う。

日本の影

水俣病について小学生の時勉強はしました。
しかし、詳しく覚えていないのが事実です。
テレビというものは現在も影の部分を隠す
傾向にあります。しかし、この作品は
日本の影の部分をちゃんと見せているのが
よくわかります。
日本は成長とともに得たものも多いですが
大切な何かを失ってしまった気がします。

公害の原因をなくすためには

人間を全滅させることに他ならないと思います。
しかし、そんなことも分からず、自分たちが起こした公害の被害を受けた人々を差別するなんて・・・。
それを生み出した「日本のトップに立つ人間」にも同じ苦しみを与えたかったと思う私は異常でしょうか。

被害者面もいいかげんに

水俣病にかかった患者やその家族、可哀相だとは思いましたが最初は只、謝罪して欲しいと言ってた人達が何故正常な思考まで失ってしまうのかと、「水銀を飲んでみろと言ってやる」という発言や、募金で集めたお金を病院等に寄付したりすればいいじゃないかと思うのだが銀行のように「貸す人は、、、」等の話をしはじめたり、株主総会に乗り込んだら最初から会話もせず念仏(?)を唱え、暴力行為に走ってる男達を放置し会話する機会を自分達でつぶしたにも関わらず後は泣き叫ぶだけ。
なんだか書きながら腹がたってきました。
こんな事を思う私は捻くれているのでしょうか?

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●ブログ開設は2006年ですが、1999年からマスコミ演習、マスコミII、放送特殊研究Vといった授業を担当しており、2005年以前のレジュメなど古いものも置いてあります。(坂本 衛)
 

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