テレビ報道を考える!! 日本大学 藝術学部 放送学科 「放送特殊研究V」ブログ

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開設:2006-05-25 (通年 4単位 3年以上 選択 江古田校舎 放送学科専門科目)

日本大学藝術学部放送学科「放送特殊研究V」(担当講師/坂本 衛)のブログ。2012年度の授業テーマは「[実践!]ネットは放送を殺すか?──ネットを理解することで、放送をより深く知ろう」。

水俣─患者さんとその世界─(前半) 2011-01-14

【今週と来週はこれ↓】
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水俣─患者さんとその世界─
1971年(167分)
製作/高木隆太郎
監督/土本典昭
撮影/大津幸四郎
第1回世界環境映画祭グランプリ、マンハイム映画票デュキヤット賞、ベルン映画祭銀賞、ロカルノ映画祭第3位
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以下、水俣病の解説。平凡社「世界百科大事典」ほかを参考に、坂本が簡単にまとめた。

●水俣病とは?

工場排水に含まれた有機水銀(メチル水銀)が海や川の魚介類を汚染し、それを食べた人間が発症した有機水銀中毒で、日本を代表する公害病。熊本県水俣市で最初に発見され、この名がつく。水俣湾を中心とする水俣病は1956年ころから見られ、59年7月には熊本大学医学部水俣病研究班が新日本窒素肥料(チッソ)水俣工場の排水が汚染源と特定。日本政府の正式認定は68年9月。政府が正式に解決策を提示したのは95年12月。ほかに新潟水俣病 (阿賀野川有機水銀中毒)も知られる。

●水俣病の症状は?

症状は中枢神経系の障害が特徴的。初期の患者では手足のしびれ、脱力、歩行時動の揺、言葉不明瞭、手足痛などに始まり、痙攣《けいれん》、よだれ、ふるえ、さらに四肢麻痺《マヒ》、視力障害、意識混濁、精神錯乱がみられ、発病3か月以内に過半数が死亡。このような典型的なメチル水銀中毒の症状は、初めて詳細に報告したイギリスの医師ら名にちなみ「ハンター=ラッセル症候群」と呼ばれる。以上の典型的、急性で症状が重い患者のほか、患者の家族や近隣者にもさまざまな神経症状が認められ「潜在性水俣病」と呼ばれる(明らかになったのは70年以降)。母親が妊娠中に有機水銀に汚染された魚介類を食べた胎児が発症したものは「胎児性水俣病」と呼び、水俣で六十数例ある。症状は一般の脳性小児麻痺によく似ている。

●水俣病患者の数は?

患者発生は1950年代から70年代前半まで。なんらかの汚染を受けた住民は20万人以上との見方もある。96年1月時点で、公害健康被害補償法に基づく熊本・鹿児島両県の公害被害者認定審査会が正式に水俣病と認定したのは2260人(棄却1万4205人、審査未処理者1019人)。新潟の認定患者は690人(棄却1304人)。

●水俣病の責任問題、補償問題の経緯は?

1969年6月に患者29世帯がチッソを相手に総額約6億4000万円の損害賠償請求訴訟を起こし(一次訴訟)、73年3 月に患者勝訴の熊本地裁判決。その後、患者らの1年8か月の座り込み運動などをへて、73年7月に患者とチッソが「水俣病補償協定」締結。さらに認定を棄却された患者の二次訴訟、国・県の責任と水俣病認定を求めた三次訴訟と裁判闘争が続き、96年5月の和解では一定の神経症状のある1万4000人が一時金280万円と医療費・療養手当を受けることに。

●水俣湾に汚染がなく、安全と確認されたのはいつ?

熊本県と国は、チッソが36年間水俣湾にたれ流した水銀を含むヘドロを、500億円近い費用と14年の歳月をかけて埋め立て、1990年3月に工事完了。 水俣湾内の魚の水銀値が3年間安全基準以下であったとして、熊本県知事が安全宣言を出したのは実に、患者発生から40年近い1997年7月だった。

コメント

お遍路と「怨」

水俣病患者を支援する団体が「怨」の幟を掲げている者と、お遍路姿で練り歩いている者が一緒にいる様は強く印象に残った。
死者や患者の救済を目的とするから、お遍路。それは分かる。殺されたもの、患者にされたもののためにその恨みを晴らす。だから「怨」、それも分かる。
だけど一緒にいるとなるとちょっとどうだろうと思ってしまう。表裏一体の事物だけれど、こうあからさまに裏表が一緒にいるのも珍しい。静かに鐘を鳴らしていたお遍路さんたちだったから、最後の方で
「子供はカタワ、親は両方、わかるが、この苦しみが」
とチッソ社員に対して感情を露に訴えたシーンは私の胸を突き刺した。それはそうだ。許せるはずもない。苦しみを知ってもらいたい。宗教をもってしてもこればっかりは、どうしようもない、どうしようとおさえられる感情ではない。
だが、そう訴えるお遍路さんから眼を逸らそうとする、足早に立ち去ろうとするチッソ社員。
辛いシーンではあったけれど、人間らしさとは何かを考えさせられるシーンだった。

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●このブログは、日本大学藝術学部(日芸またはNGと略)放送学科の授業の一環として設置しています。もちろん学外の方も自由に閲覧やコメントしていただけます。学生らの活動を厳しく、ただし温かく見守っていただければ幸いです。学生には「ブログ炎上も授業のうち」といってあります。

●ブログ開設は2006年ですが、1999年からマスコミ演習、マスコミII、放送特殊研究Vといった授業を担当しており、2005年以前のレジュメなど古いものも置いてあります。(坂本 衛)