テレビ報道を考える!! 日本大学 藝術学部 放送学科 「放送特殊研究V」ブログ

テレビ報道を考える!! 日本大学 藝術学部 放送学科 「放送特殊研究V」ブログ

開設:2006-05-25 (通年 4単位 3年以上 選択 江古田校舎 放送学科専門科目)

日本大学藝術学部放送学科「放送特殊研究V」(担当講師/坂本 衛)のブログ。2017年度のテーマは「放送・報道における日本語表現の研究」です。

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ボウリング・フォー・コロンバイン/Bowling for Columbine 2010-12-10

【今週と来週はこれ↓】
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ボウリング・フォー・コロンバイン/Bowling for Columbine
2002年、アメリカ
カンヌ国際映画祭55周年記念特別賞、シカゴ映画批評家協会賞最優秀ドキュメンタリー賞、アメリカ脚本家組合最優秀脚本賞(2002年)、アカデミー賞長篇ドキュメンタリー賞(2003年)など
120分
監督/マイケル・ムーア
製作総指揮/ウォルフラム・ティッチー
製作/チャールズ・ビショップ、ジム・チャルネッキ、マイケル・ドノバン、キャサリン・グリン
音楽/ジェフ・ギブス
編集/カート・イングファー
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●概要
1999年4月20日のコロンバイン高校銃乱射事件を中心に、銃社会アメリカを描き、告発するドキュメンタリー映画。インタビューで登場するのは、事件の被害者遺族、コロンバイン市民、犯人二人が心酔していたマリリン・マンソン、全米ライフル協会会長の俳優チャールトン・ヘストン、『サウスパーク』製作者マット・ストーン、銃弾を売る全米2位のスーパーチェーン・Kマート広報担当など。アメリカの歴史、アメリカ以外の先進諸国の事例、銃普及率が高いが犯罪発生率が低い隣国カナダの検証なども重ねていく。

●参考
○受賞した四つを紹介したが、これ以外にも受賞多数。2002~03年には、主なドキュメンタリー映画賞の多くを受賞している。
○興行収入が全世界で4000万ドル(ざっと50億円)といわれ、ドキュメンタリー映画では、おそらく過去最高のヒット作と思われる。
○これは銃社会アメリカを告発するキャンペーン映画。ある意味で宣伝映画、プロパガンダ映画と言ってもよい。監督は、アメリカは銃規制をすべきだと思っているから、もちろん政治的に中立・公正な映画ではない。というか、本講座で流したドキュメンタリーで、政治的に中立・公正なものがあったっけ? あるいは、これこそが客観報道だなんてものが、あった?
○マイケル・ムーアは日本の原一男を高く買っているようで、対談などしている。

●課題
ごく大雑把にいうと、最近(ここ10年ばかり)のドキュメンタリー映画の世界的傾向は、環境関連の自然ものと、本作のマイケル・ムーアや『The Cove』のような告発キャンペーンものに大きく分かれる。で、それ以外のもの(たとえば歴史もの、記録もの、一人の人間に迫るものなど)のウェイトが小さくなっている。その理由を考えてみよう。

●坂本は、9日20時まで立命館大学「報道ジャーナリスト養成塾」講義@びわこ草津キャンパスがあり、朝10時40分までに帰ってくることができない。なので、すまんけど、よろしくね。17日は補講があります。単位(ひいては卒業の可否)に関係するので、受講生は必ず出席のこと(とくに4年生)。

●4年はかならず「受講生へ(【超重要】成績の件) 101204」記事を熟読のこと!

コメント

恐怖こそが凶器かも

コロンバイン高校銃乱射事件については、昔「エレファント」という映画を観て知っていました。それを観た時、日本はアメリカのように簡単に銃が出回っていない国で良かったと思った記憶があります。今もそう思っています。
映像の中で、アメリカで銃殺が多いのはみんなが恐れおののいているからだという話がありました。それが本当かはわかりませんが、怯えている人間に人を負傷させる武器を持たせるのは確かにとても怖いです。怖いから武器を持つ、皆が武器を持っているから怖いという悪循環です。

最近のドキュメンタリー映画の傾向についてですが、自然ものや告発キャンペーンものが多い理由の一つは、「皆に身近なもの」「皆が興味を持つもの」のほうが需要があるという理由があるのでは、と思います。
もう一つは、マスコミなどを既にあまり信用していない人が多く、「もっと本当のことを知りたい、今のことを知りたい」と考える人が増えたためこのような作品が多いのかもしれないとも思います。

銃を捨てろ!規制を設けろ!

オープニングは銀行で銃を配る映像とボウリングをする人々の映像であり、銃とボウリングがどのように関係していくのか不思議に思っていました。
ミシガン民兵がボウリングのピンを的にして銃を撃つシーンや、コロンバイン高校銃乱射事件の犯人が犯行直前までボウリングをしていたという事実から、銃とボウリングを関連付けているのでしょうか。

女性民兵は、銃を持てる年齢になったときから銃を持っていると言っていました。
「女だからこそ、自分の身は自分で守らなければならない」という言葉は非常に印象的であり、アメリカの銃社会というものの恐ろしさを感じました。

コロンバイン高校銃乱射事件の後、全国の学校が生徒への罰則を強化したそうですが、学校に爪切りを持ち込んだだけで10日間の停学というのはおかしいと思います。学校がおかしな罰則を作るよりも先に、アメリカという国全体に銃規制を設けるべきだと考えます。
銃の普及率が高く犯罪発生率も高いのなら、なおさら銃規制を設けるべきです。

参考情報を二つ

●一つめは、> 銃とボウリングを関連付け(中竹留梨)

ウィキペディア日本版は、題名がダブル・ミーニング(二重の意味)であるとして、(1)犯人どもが好きだったマリリン・マンソンが問題なら、犯行直前まで興じていたボウリングはどうなんだという皮肉、(2)ボウリングのピンは人間と形が似ているので、銃の射撃練習に使われる、なんて書いてある。

(1)はいいが、(2)は普通そんなことするか? 高いし手に入れるのも面倒だよな。「訓練用標的がボウリングのピン型だ(ボウリングに見立てられる)」が正解じゃないかと思うね。たとえば以下のような。

http://glarp.atk.com/2005_images/LE_2005/Federal/pages/Police%20Target-Paper.htm

ここで売っているゾ。

http://www.letargets.com/estylez_ps.aspx?searchmode=category&searchcatcontext=~010000

●もう一つは、マイケルムーアのブログ記事(12月14日付け)。冒頭だけ仮訳しておく。

昨日、ロンドンのウェストミンスター治安判事裁判所で、WikiLeaks 共同創設者ジュリアン・アサンジ氏の弁護士は、刑務所から アサンジ氏を保釈してもらう支援のため、自分自身の金2万ドルを用立てたとする私からの書類を裁判官に提出した。

http://www.michaelmoore.com/words/mike-friends-blog/why-im-posting-bail-money

ムーアは、2002年にウィキリークスがあればイラク戦争は回避できた(数十万人が死なずに済んだ)、ウィキリークスへのあらゆる支援をすると、盛んに言っている。田原総一朗って人も『週刊朝日』の最新号で全面支持と書いている。

そこまで言う人は案外少ない。記者やジャーナリストでも、自分とは関係ない話と思っている者が多いからだろう。

悪を作り出して自分を正当化する習性?

銃に対して根本的に考えに違いがあることを再認識出来た。
銃が充満していることは頭の中では分かっていたが,アメリカ人が「銃」について疑問を投げかける映像は見たことが無かったので新鮮にも感じました。

毎年1万人程の人間が銃殺されている事実を突きつけられても,原因を銃の存在そのものではなく別の要因に無理矢理結び付けようとしていた。
マリリン・マンソンのせいにしたり,どこかの市長さんは銃そのものではなく「交戦的な血(歴史)のせい」にしていたし(結局マイケル・ムーア氏にドイツとの比較で論破されるが)、17日の内容になるがチャールトン・ヘストン氏は軽く人種問題を提起していた。

これらは多くの面で世界の中心になっているアメリカらしい考え方でもあるのかなと思う。
小さな国は他国との共存で生き延びようとするだろう。
しかしアメリカの場合は共存というよりは、他国を傘下に入れて勢力を拡大していく感じか?
小国と比べれば格段に自国中心の考えをしている様に思える。
「間違っているのは自分ではなく△△だ!」
他国(他人)の悪い部分を強調して自分を正当化する習性が心の中に根強くあるのではないだろうか・・・と考えました。
それが「銃が殺人の原因になっている」と素直に考えられない一つの要因になっているのではないだろうか。

気になったこと

私がこの映像で気になったのはインタビューされていた学生。3人中確か2人はサングラスをし、1人はガムを噛みながら。
ちょっといきなりのインタビューだとしても、大人をなめすぎなのではないか?少しは大人の人への敬いや礼儀がないのか?と少し気になりました。

アメリカには上下関係がないとよく聞きますが、その礼儀や節度があるとないとでは随分環境も変わるのでは?と思いました。

中竹さんのコメントにおいて

コロンバイン高校銃乱射事件の後、全国の学校が生徒への罰則を強化したそうですが、学校に爪切りを持ち込んだだけで10日間の停学というのはおかしいと思います。

と書かれていましたが、これから大人になる若者たちの教育としてはここまでしないと銃社会の現状は変わらない気がします。

銃社会を想像する

銃社会を糾弾するのに辺り、情熱や思いを直情的に出しまくらない、したたかかつ巧妙に構成されたドキュメンタリーだと思いました。

この映画に習い、もし日本が銃社会だった場合を考えると、目も当てられない惨状がそこに繰り広げられるのではないかと危惧しています。作中で6歳の少年が少女を銃殺したことがフィーチャーされていますが、これと同じことが日本で起こり得る可能性が高くないとは到底思えません。連日報道される学校でのいじめ、自殺関係のニュースは動機に。自傷行為に走る生徒が、銃という自傷に頼らずとも現状を変えてしまう力を簡単に手に入れられる場合、今の報道のトピックに銃関連の事件が列挙されることも想像に難くないでしょう。ただ面白いだけでなく、どの国にも当てはめて考えることを要される普遍性、これを持ち合わせているからこそ、ここまでの賞を受賞できたのではないでしょうか。

クレジットは疾走感あふれるWhat a Wonderful Worldと共に流れましたが、じわじわと後に残るホラーではない恐さを拭いきれません。平和が崩壊したと言われている日本ですが、まだ銃社会で無かったことが救いのように感じています。痛快なドキュメンタリーでありながら、嫌でも日本や他国の別の姿を想像させられる作品でした。

アメリカが抱える銃社会を考える作品でした。
見ていて、私は不思議な感覚になった。
それは私たちの周りに銃がないからだ。
銃の弾が近くスーパーに売っている事、
家に銃が必ずあること、わかっているが不思議なのだ。
しかしそれがアメリカでは当たり前。
アメリカが銃によって「恐怖」というものに
染まっていったのがよくわかった。
悪者に見せる演出方法はすごかった。

恐怖政治

私のイメージでは、アメリカ人は銃を持つことや撃つことに抵抗や恐怖のない人たち(きっとハリウッド映画の影響・・・)だったので、このようなドキュメンタリーがあること自体、意外だった。

マイケルムーア氏の作品を見るのは初めてだったが、テンポがよくて皮肉が効いていて、見やすかった。ほかのものも見てみたいと思う。

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●ブログ開設は2006年ですが、1999年からマスコミ演習、マスコミII、放送特殊研究Vといった授業を担当しており、2005年以前のレジュメなど古いものも置いてあります。(坂本 衛)
 

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