テレビ報道を考える!! 日本大学 藝術学部 放送学科 「放送特殊研究V」ブログ

テレビ報道を考える!! 日本大学 藝術学部 放送学科 「放送特殊研究V」ブログ

開設:2006-05-25 (通年 4単位 3年以上 選択 江古田校舎 放送学科専門科目)

日本大学藝術学部放送学科「放送特殊研究V」(担当講師/坂本 衛)のブログ。2017年度のテーマは「放送・報道における日本語表現の研究」です。

ゆきゆきて神軍(原一男)後半 2010-12-03

●3日に話し、学内に掲示した成績の件は、12月4日の記事を参照のこと!!


【先週と今週はこれ↓】
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ゆきゆきて神軍
1887年 疾走プロダクション作品
122分
製作/小林佐智子(原一男の奥さん)
監督・撮影/原一男
録音/栗林豊彦
編集・構成/鍋島惇
日本映画監督協会新人賞、ベルリン映画祭カリガリ映画賞、日本映画ペンクラブベスト1位、毎日映画コンクール監督賞ほか
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●ドキュメンタリー青春『おれはガンじゃない!片腕の俳優 高橋英二の1年半』を撮った頃(1970年前後)の田原総一朗や、その後の原一男がよく使った言葉に”対象との共犯関係”(対象とはカメラの。カメラに撮られる者)というのがある。カメラを向ける主体と向けられる対象、取材者と被取材者なんてものが、こっち側とむこう側というようにハッキリ区別できるのか。被取材者はカメラを向けただけで、いつもと違う者になる。取材者もカメラが映す対象によって、どんどん変質していく。映像はそんな相互作用で作られていく。撮す者と撮される者の間に一種の共犯関係が成立している。客観なんてウソだ。テレビカメラは、その関係を生み出す暴力的装置ともいえる。そのことを認識しない映像作品てのは、これは違うだろう──てな考え方だ。これは、互いに共犯であることを強く自覚した典型的なドキュメンタリーともいえる。

●日テレ電波少年が「アポナシ」って言葉を流通させた。でも、そんなのは昔からあるわけ。

●この映画に出てくる『岸壁の母』は、坂本が聞いた中でいちばん感動的な『岸壁の母』だな。昭和20年代の末頃、菊池章子(昭和22年の『星の流れに』で有名)が歌って大流行した。70年代以降は二葉百合子が浪曲調で歌い、いまでも懐メロ番組ではこの人が歌う(菊地章子は故人)。

●奥崎のキャラがものすごくとんでもないので見過ごされがちだが、奥崎がたずねる日本兵たちも、それぞれ個性的でおもしろい。みんな普通の人だが、普通でない。人間の肉を食い、生死の境をさまよい、その過去を封印して戦後を長く生き、子どもを育て、家を持った。奥崎が責任追及するのは勝手だが、みなそれぞれ立派なものだ。きみらの爺さん婆さんや、きみらのひい爺さんひい婆さんも同じで、それぞれが立派に戦ったのよ。

●坂本は、とくに山田吉太郎という人に惹かれる。自宅に小さな祠《ほこら》を作って拝んでいたと。記録を書き残したが「何から何まで全部食った」と書いたことで察してもらうしかないのだと。太平洋戦争は、山田さんのような兵士を生んだしょうもない戦争だったということは、繰り返し語られてよい。奥崎と山田は「天罰だ」「断じて違う」と言い合う。奥崎の天罰論は「誰かのせい、何かのせい」論に聞こえる。山田のは自己責任論で、ただし封印させておくれよ、と。私は山田の言い分に共感する。

●ところで、靖国神社に英霊246万柱が祀られていることは知っているだろう。その数十万以上は、弾に撃たれたり砲弾や爆弾で吹き飛ばされて死んだのではない。マラリアのような病気で死んだか、飢え死にしたかのどちらかだ。靖国の神様(出雲大社の神様は大国主命というのと同じ意味で、靖国神社の神様は246万の兵士その他の霊だ)の中には、戦友を食った者も、戦友に食われた者もいる。もちろん兵站《へいたん》を無視したトンデモ作戦計画を立て、捕虜になるならば死ねと命じ、兵士たちを無駄に死なせた軍幹部たちも神様だ。ついでにいえば、明治新政府側で幕府軍側の日本人を殺した者たちも神様だ(新政府側だったが後に逆賊とされた西郷隆盛なんかは、靖国には入れてもらえない)。もちろん靖国神社にお参りするのもしないのも自由だが、そういうことは知っておいたほうがよい。会津や鹿児島出身者は、靖国神社で拝むと、自分のひいひいじいさんとかばあさんを殺したヤツを拝むことになってしまうからだよ。

●ニューギニア方面でこんなことがあったと示す映像は、日本には極めて少ない。NHKスペシャルなんかでは、絶対にやらないネタ。その意味でも貴重な映像だ。ただし、日本人はなんて野蛮なの、とか間違えないように。「アンデスの聖餐」というのがあるが、極限状態ではヒトはヒトの肉を食いますよ。人間だけが残酷なんじゃない、チンパンジーだって同じ(余計な話だが、アメリカで最近、脱走チンパンジーがヒトを襲って食った。アメリカではチンパン観が一変し、チンパンと遊ぼう式のテレビ番組が一斉に打ち切られ、本を書いてた研究者なんかがヤバいことになっているそう。友人のサル学者の話による)。

●見終わって、後味が悪い人は少なくないはず。田原の昔のドキュメンタリーもそう。”共犯”とは、対象者と撮影・取材者をごたまぜにする(それが基本)だけでなくて、演技と本気、主観と客観、シナリオとハプニング、経過と結論、冷徹な観察と熱い感情移入、マジと冗談といったものを全部ごたまぜにして、そのまま提示することになる(突き詰めるとそうなるでしょ)。そのもやもやというか、何一つ解決しない感じが、不快感や後味の悪さに直結する。しかも、それを提示することで、映像を見る観客をも”共犯関係”に引っ張り込もうとしている。そんなのはゴメンだ、と観客が言っても、たとえば映画館でおカネを払った、あるいはDVDを買ったあなた、そのおカネの何%か監督・原一男はいただきましたから、知ってか知らずか、とっくの昔に”共犯”ですよ、と。

●さまざまな感想があるだろうが、一言でいえば、やっぱり傑作というしかないと思うね。ただ、最後のほうは、グジャグジャだ。詳しい話は忘れてしまったが、どこかで奥崎との関係が悪くなり、映像が撮れなくなったんじゃなかったかな。これも『高橋英二』に似ているわけね。

コメント

過激なおっさんの大冒険Part2

電車遅延の関係で前半15分程度を視聴することが出来ませんでした。
私が教室に入ったときには、奥崎は前半パートで行動を共にしていた2人とは離れて単身で行動していました。
誰かと会う度に自分の悪歴を誇っているような発言をしていましたが・・・。
間近にカメラがあったから、自分を大きく見せようと虚勢を張ったんですかね・・・私はその様に思いました。

一番近くにいた原一男氏は、おそらくその事に気付いていたのではないでしょうか?
しかしドキュメンタリーの中に意図的に面白み(人を殴ったり)を含ませるために暴力に関して決して否定的な行動を取らなかった。
カメラが回っていない時には暴力を助長する(奥崎を持ち上げるような)発言もしていたのでは・・・とも感じました。

過去に私が視聴したカラー作品の中ではずば抜けて感情を揺さぶられる作品でした。
しかし映像には入ってない部分で、ドキュメント(有りのままを映した)作品の枠からはみ出した製作者側の考えが介入してしまったのではないか?・・・そんな気がします。

P.S.
「禁止ワードが含まれています。」and「スパム判定されました。」とかで書き込みを何度も制限されました。
過激な作品へコメントする為の試練でしょうか。笑

知らないことばっかり

自分がいかに無知かわからされた気がします。

先週は「人の肉を食っていた」
という衝撃的なところで授業が終わってしまい、
頭に「?」ばかりの一週間でした。

ドキュメンタリーといえども
カメラが回っていたら私だったら
自分を良く見せようとあんなに爆発出来ない…
そう考えるとやっぱりちょっと
いろんな意味ですごい人だったのかな…と。

それにしても
人の肉を食うって…
日本でもあったことだったんですね。
しかもそんなに昔じゃない…
時代の流れは速いけど、
ちょっとの間にこんなに変わるなんて
これからの日本、世界に関しても
怖くなってしまいました。


P.S.
昨日韓国から帰ってきましたが、
驚くほどニュースはやっていません。
国民はみんな楽しそうに
クリスマスソングが流れる街中で
お買い物をしていました。
報道は怖いですね。

何がどう怖い?

> 報道は怖いですね。

何がどう怖いのか、わかりやすく説明してくれ。

韓国でニュースをやっておらず、みんな楽しそうにさせているから、そんな韓国の報道が怖いのか。日本でニュースをガンガン流し国民の恐怖を煽っているから、そんな日本の報道が怖いのか。どっち? あるいは、それ以外に報道が怖いことがあるのか。

桑島美奈が「報道は怖いですね。」と1行書けば、自分の考えが正確に伝わると思っているらしいことも、かなり怖いことだ、と坂本は思うね。

どっちもです。

やはり、自国にマイナスになることはやっていないのかな、と。
日本に関して言えば、韓国がそのような、言ってみれば無関心の状況なのに隣国の不安を煽っているわけで…

そう考えると、日本で起こっているもっと知らなければならない情報が消されてしまっているのだろうか、
と報道が怖くなってしまいました。

言葉足らずですみません。

情報が消されてしまっている?

> 日本で起こっているもっと知らなければならない情報が消されてしまっているのだろうか(桑島美奈)

「消えた」んじゃなく「消された」と桑島が書くからには、「消した」ヤツがいるのかも。だとしたら怖いと思った、と。そういう意味だよね、上の書き込みは。

では、考えてみて。ある司令塔が存在し、全マスコミから特定の情報を消すべしという方向性が打ち出され、ある操作によって実際に消されるということが、本当に可能だと思う? そういうことがありうるという情報を、断片的でもいいから、日大放送学科で入手したことがある? 放送で本当にそういうことが起こっているなら、放送学科で教えないのはバカすぎるよな。桑島は教わったことがあるわけ?

暴走夫を支える妻の強さ

先週の授業終わりに、最終的に奥崎は拳銃を撃つと聞いていたので、いつそのシーンがやってくるのかドキドキしていました。

村本(旧姓・古清水)宅を訪ね、奥崎は「殺人罪に該当する」と古清水を罵倒していました。処刑に関与した者達は古清水の命令を受け銃を撃ったと証言しているにもかかわらず、古清水本人は「処刑には立ち会っていない」との一点張り。私は、古清水が命令をしたということに間違いはないと思って見ていました。

奥崎は、再び山田元軍曹を訪ねる。手術をし終えて弱っている山田に対し、奥崎は容赦なく殴りかかっていました。真相を話そうとしない山田に腹を立てるのは勝手ですが、病気の人に殴りかかる奥崎は、やはり狂った人だと思いました。
山田に怪我を負わせ、奥崎の暴走を止めようとした妻にも怪我を負わせた奥崎。殴ったところで解決するわけではないのに、なぜ殴るのか。私には理解できません。
もしかしたら、山田を撃つのではないだろうかとドキドキしていましたが、奥崎が打ったのは古清水の息子でした。全く関係のない古清水を奥崎はなぜ撃ったのでしょうか。天皇どうこうの前に、奥崎自身の非人道的な考え方を改めるべきであると思います。

今、奥崎は人を撃ったことを反省しているのでしょうか。私は、おそらく反省していないと思います。
奥崎の妻・シズミさんは、なぜ奥崎のそばで彼を支えることができたのか。あの男を献身的に支えることのできたシズミさんは、大変強い女性です。
奥崎を支えてきた理由を、天国にいるシズミさんに聞いてみたいです。

概要を調べてから書くクセを

> 今、奥崎は人を撃ったことを反省しているのでしょうか。(中竹 留梨)

奥崎は1920年2月1日生まれ、2005年6月16日死亡。85歳だから結構、長生きした。もう死んでるから反省したくてもできない。生きていたとしても、もちろん反省するヤツじゃない。

で、これは受講生諸君に言っておきたいが、奥崎がいまどうしているか(生きてるか死んでるか)はウィキでも見れば、1分でわかる。

ウィキペディアの記述は、信用できない場合が少なくなくない(だから報道などで参考にするときは裏を取る必要がある)。しかし、著名人の生年月日・出身地・著書なんかの基本情報は、漏れはあっても間違いは少ない(とくにアイドルなんかは、好きなヤツが一生懸命調べて書くから、たいてい正確)。

なので、何かについて書くときは、ちょっと概要を調べてから書くクセをつけるといい。奥崎の生没年を知っていれば、中竹の一文は次のように書ける。

(例1)奥崎は5年前に亡くなったようですが、生前、人を撃ったことを反省していたのでしょうか。

(例2)奥崎は2005年6月に死んだらしい。いま生きていたとして、人を撃ったことを反省しているのでしょうか。

これ、一文の「情報量が倍に増えている」だろ。で、「ある程度知っている人が、反省しているのかという問いを投げかけているな」って感じが出る。「もっともらしさ」が加わるわけ(「よう」「らしい」は万が一ウィキが間違っている場合の保険)。

中竹のラストの段落は、感想部分だね。その冒頭にチラと事実をふっておくと、続く感想の説得力が増す(冒頭チラっとでいい。やりすぎは、引用ばかりするヤツだ、オリジナルの中身がないと思われるから厳禁)。そういう仕掛けを心がけると、文章全体が充実していく。就職試験のミニ感想文でも参考にするといい。

奥崎のズレた正義感

ゆきゆきて神軍、後半からはもう一体何が目的の映像なのかわからなくなっていきました。ただひとつ言えるのは、奥崎氏の頭がおかしいということです。これは私の個人的な感想ですが。
自分が思う正義のためには暴力をふるってもいいし、人を殺してもいい。奥崎氏のこのような考え方は間違っています。
もし仮に、殺された戦友二人も「殺した者が当時の状況においてそれを正義だと判断して」という理由で殺されていたとしても奥崎氏はたぶん納得しなかっただろうと思いました。自分の思うようにならなければ首を縦に振らないただの駄々っ子です。
奥崎氏はこんな風なので、たまに良いことを言っていても素直に納得することが難しかったです。

一方山田氏の考え方には私も共感できました。
家に祠をつくり、それぞれがそれぞれのやり方で罪を負っている、なぜそれではいけないのかという点です。
戦争によってたくさんの人が死んだことは、殺した張本人だけでなく戦争を行った国の国民全員の罪だと考えます。だから、同じ国民に罪の負い方を無理強いされるのはおかしいかなと思います。

全体を通してかなり不快な映像でした。
しかし、奥崎氏の言動から引き出された戦争当時の様子は、教科書などには載っていないリアルなものであり、戦争というものをより深く考えさせられました。

わかりません。

正直なところ、教わったかは覚えていません。
でも、聞いたような気もするのです…
曖昧な感じですみません…

ただ、韓国では消されている、
というか、制限されていたわけで…

確かに教わっていないのは
おかしいかもしれませんね…

で、桑島に考えてもらいたいのは

あるものがとくに減らす意図が見えないのに自然に減ることと、あるものを意図的に強制的に減らすことは違う。それはいいよね。

で、桑島に考えてもらいたいのは、ある傾向の番組が減るとか増えるというときは、どうなんだってこと。韓国のテレビ制作者の多くが「この番組はもういいや。違う企画を考えよう」って思うことと、たとえば政府やメディア企業トップらの談合組織が「この手の番組はなるべく作らせないようにしよう」ってことは違うだろ。どっちだ、という話。

マスメディアは、何より国民・大衆・視聴者受けを考えているわけ。みんなが受けないと思う番組は減る。受けると思う番組は増える。誰かが操作しなくても。そういう例が多いのでは?

覇気

奥崎謙三についてもっと詳しく知りたいと思い、ウィキペディアで調べたところ、奥崎の晩年の姿を撮影したドキュメンタリー映像がありました。


神様の愛い奴
http://www.youtube.com/watch?v=0_3DMNfNlKM

この映像を見て最初に

「覇気は一緒だ」

と感じました。
長い刑務所生活で体はやせ細り、もう背中も丸くなり、老人ボケも始まっているように感じものの、奥崎からの発言、行動は「ゆきゆきて神軍」の時と同じでした。

このドキュメンタリーの詳細をファンサイトで読みましたが、20代女の私が言うのも失礼かもしれませんが、もう70歳すぎのおじいさんがあんなに欲が強いのは衝撃的でした。なぜ、こうさせたのか。奥崎は長年の刑務所生活はもちろん、今まで酒・たばこ・女に手を出していなかった反動だと言いますが、私はそれは妻であるシズミさんを失った反動ではないかと思いました。


ずいぶん年をとっても若かりし日のようにプライドは高く、短気。

そんな姿を見て、自分の信念を絶対に曲げないという心の強さを奥崎から感じました。

私もそんな心の強さを持ちたいと思いました。

献身的というだけで片付けられない

ラスト、奥崎謙三の発砲・逮捕からエンディングまでの畳みかけるような展開には衝撃のあまり、まさに唖然とした状態になっていました。

最後まで見て強く思ったのが、この妻はよくこの旦那について行けるな……ということでした。遺族の役を演じ、奥崎氏に怪我を負わされながら、彼は「我が妻ながら天晴れ」と怪我自体を労わる様子もなし(カットされただけかもしれませんが)。そして、夫に代わり例のデコトラ(?)に乗ってアナウンスをする。一体何が彼女をそこまで突き動かすのか、とても引っ掛かりました。

調べて見ると、シズミさんは未亡人で体の関係はあっても当初結婚する考えはなかった……という少ないながらも結婚の経緯を知りました。彼女も何かしらの思想があったのか、その結婚の経緯から非常に献身的だったのか分かりませんが、それ以前に彼女の晩年は幸せなものだったのでしょうか。今や叶わぬことですが、奥崎氏より、シズミさんにクローズアップした映像があるならば、それを見て、その思いの丈を知りたい限りです。

神って

奥崎氏の言う「神」とはどんなものだったのだろう。私にはなんでもかんでも神のせいにして自分を肯定化しているように見えた。「正義のための暴力ならいい」という奥崎氏の考えはただのジャイアニズムではないかと思う。他の人にとっての正義を決めるのは奥崎氏ではない。
最後は急展開すぎてよくわからなかった。上官の息子を撃ち、「息子でもよかった」、そして息子が死なずにすんだのは「神のおぼしめし」であるという奥崎氏の考えに私はついていけなかった。

誰の為に?

奥崎氏が元兵士達を一人一人訪ねが、全ての人が口を開こうとしない。
重い口を開いたとしても話をそらされる。
その映像にその人達の後悔であったり背負っているものが痛いほど映し出されていた。
奥崎氏の印象も強烈だが、元兵士達の姿にも考えさせられるものが多くあった。

奥崎氏は遺族の為に真実をと言っていたが、私には自分自身の為にやっている様に見えた。

コメント「覇気」の補足

私がタイトル「覇気」と題して書いたコメントに関して補足

私は奥崎の心の強さに驚かされ、影響を受けたのであり、
考えや行動を支持しているわけではありません。

「神様の愛い奴」も支持しているような感じかもしれませんが、正直「ゆきゆきて神軍」のほうが断然良かったと思っています。

どうなのだろうか

この作品を自分で借りて見てみたが、
印象に残ったのは山田さんを訪問して
突然殴ったシーンです。
奥崎は自分の気持ちで殴ったはずだが、
DVDに入っていた原一男の解説に
奥崎は「原さんが止めてくれると思っていました」
と書いてあるのだ。
私はそれに驚いた。
奥崎は殴ってどんな気持ちになったのだろうか。
奥崎は真実を言えと言っているが、
自分の妻を他人の妻に見立てて
訪問しているのはどうなのかと思った。

ラストは許せないなぁ

それなりに筋の通ったらしい事を発言、実行していた奥崎謙三。しかし、ラストでついに理解不能な殺人未遂を実行。相手がいなかったからといって無関係なその息子を改造拳銃で撃つというのは、奥崎の「天罰」論からしても明らかに外れている。それはどう解釈したところで非道な行為のような気がする。落胆させられたいうほかない。

>情報操作の件
中国のみならず日本にも情報操作はあるような気がします。
先日も知り合いがmixiで反政府的な発言をしたところ、
内閣調○府にコメントとアカウントを消され、微罪逮捕されかかったそうです。個人レベルでのある種の検閲が行われているようですから、大きなメディアとなれば当然あるのではないかと思うのですが。実際はどうなんでしょう。

奥崎謙三という狂気

奥崎謙三という人間に戦慄を覚えた。
考え方があまりにも偏っており、視野が狭い。
何の疑いもなく、自分が正しいと思い込んでいる。

作中で、彼の中の狂気が徐々に肥大化していき、当たり前のように人を殴る。
奥崎が様々な人と対話をするたびに、いつ彼がキレだすかと、見ていてずっとヒヤヒヤしっぱなしだった。

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●ブログ開設は2006年ですが、1999年からマスコミ演習、マスコミII、放送特殊研究Vといった授業を担当しており、2005年以前のレジュメなど古いものも置いてあります。(坂本 衛)