テレビ報道を考える!! 日本大学 藝術学部 放送学科 「放送特殊研究V」ブログ

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開設:2006-05-25 (通年 4単位 3年以上 選択 江古田校舎 放送学科専門科目)

日本大学藝術学部放送学科「放送特殊研究V」(担当講師/坂本 衛)のブログ。2017年度のテーマは「放送・報道における日本語表現の研究」です。

 NHK『JAPANデビュー』その2 2010-09-24

【今週はこれ↓ 見ていない人が多いので再上映】
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NHKスペシャル シリーズ JAPANデビュー
第1回 アジアの“一等国”
2009年4月5日(日) 午後9時00分~10時13分
NHK総合テレビにて放映
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この番組に対する批判が多かったことから、NHKは平成21年6月17日付けで

「プロジェクトJAPAN 未来へのプレーバック。
シリーズ・JAPANデビュー 第1回「アジアの“一等国”」に関しての説明」

と題する文書を出している。その冒頭部を以下に引用しておく。

-----引用ここから------------
4月5日(日)夜9時から放送したNHKスペシャル「シリーズ・JAPANデビュー 第1回 アジアの“一等国”」について、放送後、視聴者の皆様から多数のご意見、ご要望を頂戴しました。「ずしりとした内容で、よくこれだけの取材ができたものだと深く感動した」、「私は台湾の歴史を勉強したが、優れた作品だった」など高い評価をいただきました。その一方で、「内容が偏っている」、「事実関係に誤りがある」、「台湾の人たちへのインタビューを恣意的に編集している」などの批判の声も寄せられました。そこで、この番組のテーマといくつかの事実関係について説明させていただきます。
-----引用ここまで------------

ネット上にある。あとは探して読め。
ウィキペディアなどにある各方面の主張、NHKの狙いや説明、坂本の見解などと読み合わせて、自分の考えをまとめておきなさい。

NHKの番組サイト
NHKスペシャル シリーズ「JAPANデビュー」(wiki)

コメント

番組は過激な方がいい

テレビ番組だろうと、小説だろうと、舞台だろうと、ある一点から偽証を見つめているから面白いし、ストーリーが構築される。
両方の視点を均等に、なんていう人は、中途半端なキメラをつくってなにが楽しいのだろう。
第一、虐められていた立場から事象を描くとすれば虐めた側をよく思うことは相当に難しい。アウシュビッツに入れられたユダヤ人に視点を置いた時、ナチスのことを酷い面と、良い面で平等に評価など出来るだろうか。そもそも平等な評価なんてものはない。それがよかった事かどうかなんて時間が進まなければわからないではないか。そんな評価は後世の歴史家に任せればいい。私たちに出来るのは、大切なのは、それぞれの立場で歴史を見たとき、それをどう思うか。感じる事だ。だからこそ、過激な偏りを見せるような番組や、その偏りに反するベクトルのまた別の過激な番組を流せばよいのだと思う。相反する過激な番組を何本か流すようになれば、世の中もっと面白くなるだろう。
だいたい、今の世の中、毒が少なすぎる。
テレビにも良い意味で、反政府、反権力、の意味で過激化して欲しいものだ。そんな気がした。

偏った見せ方をするということ

まず最初に、台湾にこんなに日本語を喋る人がいるということに驚きました。それは私が、日本人が台湾人にしたことを知らなかったからです。もしかしたら教わったかもしれませんが覚えていません。
授業の中で、この番組では日本がした良くない面だけを映しているから物足りないという意見がありましたが、私はむしろそこが良かったと思いました。
良い面と悪い面を均一に見せたら、それはただ事実関係を伝えるだけの番組になって、記憶に残りません。教科書に書いてあることをただ読まされているだけのような感じです。
だから、悪い面だけを取り上げて感情に訴えかけられて自分の頭で考えることができるこの番組は、たぶんずっと記憶に残る、価値あるものだと思いました。
良い面もあったんだろうな、ということは番組の中で台湾人が日本の歌を歌っているシーンなどから想像することもできます。(あまりにも忌々しい記憶ならたぶん歌わないと思う)そして本当に良い面があったかどうか気になるならば、自分で調べた方が自分の知識になると思いました。

歴史は良いことばかりではない・・・

「日本は加害者という自虐史観ありき」の偏向番組だと批判する人もいるとの事ですか・・・(wiki参照)。日本が何をしてきたのか真実を振り返るとき,たまに自虐的になるのも良いのではないでしょうか?
私たちが知らないだけで,日本も他国を占領中に道徳的に非難されるような事をしてきた筈です。その事実を知る手段の一つとして「自虐的」な放送もありなのでは・・・と思いました。
いくらNHKが公共放送だからといっても,事実を捻じ曲げて「良い事」ばかりを放送していては,メディアや政治に対して逆に疑心暗鬼になってしまいます。

何をもって偏りとするか

上記コメント群に通ずる意見になりますが、偏りはあって然り、
というより、偏らせないのは難しいと思います。

偏りを感じるということは、それだけその方向に比重が強まっている
ということで、印象・記憶にも残るし、議論も起こしやすい。
意義の感じられない、右から左に受け流されるような番組を
放送することは、電波の無駄遣いに等しく思います。

ドラマや映画などではフィクションとは言え、実在の国名や
実在の人物イメージを使って政治的に過激な解釈を展開させたり、
国家を消滅させたりと、こちらのフィールドの方がやりたい放題。
ジャンルが異なるとはいえ、人が編集をかけた時点で同様にフィクション
を含む映像になるのは自明の理です。
勿論ドラマにも苦情がつきますが、ドキュメンタリー程には苛烈に
ならないでしょう。虚構だから、実映像だから。こういった人の許容の
判断基準が複雑で曖昧な限り、偏向に関する問題は続くでしょう。

捏造万歳とは思いませんが、台湾占領の負の点を掘り下げ、
番組の見方を一考させた本作は、大変意義あるものだと思います。

差別って・・・

「~~人」「~~地方出身」だけで差別するって、人間として心が貧しいなと思います。

なぜ知り合うのを最初から辞めるの?
なぜ向き合おうとしているの?

差別ってむごいなと思います。

見せ方によって…

私がこの作品を見たとき、正直ショックを受けました。
日本は被害者という考えのが強かったからです。
しかし見てよかった。戦争という問題は見せ方によって被害者が加害者に代わるのがわかった。
私はこういった日本のマイナスな面も見せるべきだと思う。
私たちがこれから後世に伝えていくには
大切な事なのではないかと思うからです。

同感

中島さんのコメントに同感しました。
日本にはまだ、差別の感覚がやはり残っているのが現状です。
私の実家の近くには、在日朝鮮・韓国人の方々の集落があります。やはりそこに対する差別の目が少なくともあるそうです。これは親から聞いたことですが。
向き合おうとせずに、最初から差別をしたり嫌ったりするのは、やはりおかしいと思います。
戦争もそうです。
最初から相手を「ダメ」と決めつけるから、話しあったりむきあったりしようとせず、ただ単に殺しあうのです。

どのドキュメンタリーを見ても思いますが、
物ごとには、両面があります。
2つの面があって初めて1つの事柄が成り立ちます。
その両面を正確に伝えるのが放送の役割だと思っています。(例:原爆投下における、米側と日本側の事実などの両面から事柄を見つめる)

違和感

日本以外の場所で、日本語がしゃべられていると言うことに単純に違和感を感じました。この土地の人たちが、日本の介入を受けず、この土地の言葉をしゃべり生きていたら、他の人生や価値観があったはずです。その土地の文化を曲げてしまうことが、とても大きな損失で、建物が壊されるよりずっと続いていくものだと思いました。

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●このブログは、日本大学藝術学部(日芸またはNGと略)放送学科の授業の一環として設置しています。学外の方も自由に閲覧やコメントしていただけます。学生らの活動を厳しく、ただし温かく見守っていただければ幸いです。学生には「ブログ炎上も授業のうち」といってあります。

●ブログ開設は2006年ですが、1999年からマスコミ演習、マスコミII、放送特殊研究Vといった授業を担当しており、2005年以前のレジュメなど古いものも置いてあります。(坂本 衛)