テレビ報道を考える!! 日本大学 藝術学部 放送学科 「放送特殊研究V」ブログ

テレビ報道を考える!! 日本大学 藝術学部 放送学科 「放送特殊研究V」ブログ

開設:2006-05-25 (通年 4単位 3年以上 選択 江古田校舎 放送学科専門科目)

日本大学藝術学部放送学科「放送特殊研究V」(担当講師/坂本 衛)のブログ。2017年度のテーマは「放送・報道における日本語表現の研究」です。

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NHK『JAPANデビュー』 2010-07-16

【今週はこれ↓】
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NHKスペシャル シリーズ JAPANデビュー
第1回 アジアの“一等国”
2009年4月5日(日) 午後9時00分~10時13分
NHK総合テレビにて放映
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※坂本は席をはずすので、よろしくね。なお、7月9日は補講期間にてなし。次回は後期9月24日。

以下、坂本サイトの「日録メモ風更新情報」2009-06-27より転載

●話題のNスペ「JAPANデビュー第1回」を丁寧にメモ(A4レポート紙に8枚ほど)を取りながら見る。時間があれば、これについてのページを作りたいが、ちょっとままならない状況です。以下、ごく簡単に印象を述べておきます

●【1】中国との関係もあって親日的とされる台湾だが、日本がこの島を植民地化し統治を進めていく過程では、抵抗もあり差別もあった。そんな、これまであまり語られなかった問題に光を当てたことは、おおいに評価できると思う

●【2】番組が、過去に光が当てられなかった負の側面を浮き彫りにしようというモチーフで作られている以上、もっぱら日本がよくないこともやっていたという側面を強調するのは当たり前。この番組単体で「マイナス面を取り上げるならば、プラス面も取り上げよ」というのは、ムチャな要求。食品偽装はなぜ起こったかという番組では食品会社を誉めなければならないし、官僚の天下り批判番組では官僚を誉めなければならないなんて、んなアホな。「水俣の人びとは水俣病でひどい目にあった」ことを伝えようとする番組や映画に対して、「加害企業もよい面があった。これこれの製品を作り、雇用も生み出し、日本の高度成長に貢献した」こともちゃんと取り上げよという要求は、バカげた「ないものねだり」にすぎない。そんな中途半端な番組、見たいですか?

●【3】放送関係誌や当サイトで繰り返し述べているように、放送法第三条の二「政治的に公平であること。」は「単一の番組内で、左右の言い分やプラスマイナスの評価を必ずバランスさせよ」という趣旨ではない。右または左の言い分だけ、プラスまたはマイナス評価だけを伝える番組が放送法違反ならば、ほとんどすべての政治番組は放送法違反。そんなことを主張するヤツはバカ。では、日本国首相の一方的な主張しか流さない過去の「総理と語る」は、すべて放送法違反か? そうではない! 美空ひばりのよいところだけを取り上げる番組は、存在してよい。美空ひばりを語るときは、必ず暴力団との付き合いなどマイナス面に触れなければならないなんてことは、金輪際ない。同様に、悪いところだけを取り上げてプラス面に触れない番組も、存在してよいのだ。戦前の日本の報道(新聞・NHKラジオその他)は、自らに都合のよいところだけを取り上げた欺瞞に満ちたものだったから、日本の放送局が今回のような番組を作っても、もちろんよい

●【4】「人間動物園」に関しては、ナレーション「日本は、会場内にパイワンの人びとの家を造り、その暮らしぶりを見せ物としたのです」「当時イギリスやフランスは、博覧会などで、植民地の人びとを盛んに見せ物にしていました。人を展示する『人間動物園』と呼ばれました。日本は、それを真似たのです」と語っている。当時の日本が英仏をマネたという見方を伝えているだけだから、何の問題もない。冒頭で、台湾先住民の写真と重ねて「人間動物園」という言葉が出るが、これを写真の「キャプション」(説明文)と見るのは非常識な見方。「本編で詳しく説明する」という意味を込めた一種のアイキャッチ、見出しのようなものと受け取るのが妥当(実際、本編で説明している)。だから「写真の内容=人間動物園」という意味に取るのは曲解だが、そのように受け取る人が皆無ではない(だから抗議が寄せられた)。NHKは、「人間動物園!?」とでもしておけば問題はなかった、やや誤解を招く表現だったとは認めてもいい。せいぜいそこまでで、これだけで偏向うんぬんは筋違い

●【5】「日台戦争」については、ナレーション「武力で制圧しようとする日本軍に対し、台湾人の抵抗は激しさを増していきます。戦いは全土に広がり、のちに『日台戦争』と呼ばれる規模へと拡大していきます」と言っている。「この表現が一般的でない」という批判はその通り。私も、学生時代やその後に「日台戦争」という言葉を聞いた覚えはない。だから「のちに『日台戦争』とも呼ばれる規模へと拡大していきます」とか「のちに『日台戦争』と呼ぶ人もある規模へと拡大していきます」と言ったほうがよかった。ただ、偏向や捏造といったレベルの問題ではない。台湾が日本であったことを知らない、あるいは抵抗運動があったことを知らない多くの日本人・若者たちに、抵抗があったと伝えた番組の意義からすれば、些細な問題である

●【6】取材に協力した台湾人の発言の一部分だけをピックアップして使った点については、【6-a】報道では、そのようなことはありうる。というより、報道とはそういうものである。すべての報道は、報道する者の主観によって、取材対象人物の発言や取材シーンを切り取ったものであって、そのような報道がダメとは言えない(全部ダメという話になってしまうから、当たり前)。【6-b】取材協力者に対する約束違反が、あったかなかったかは不明。ただし、NHKによるシリーズ・JAPANデビュー 第1回「アジアの“一等国”」に関しての説明(平成21年6月17日付)によれば、「NHKが柯徳三さんや蒋松輝さんから抗議を受けているということはありません。」「台北第一中学校の同窓会の長老的存在である蒋松輝さんからは放送の翌日4月6日、メールをいただいています。『4月5日夜のスペシャル番組を拝見しました。なかなかの出来ばえで、感謝感激に堪えません。厚くお礼を申し上げます。ついでながら、ますますご元気で活躍されますよう祈っております。台北一中、台北三中、基隆中学台湾人同窓有志一同』」という。以上NHKの説明ががデタラメであるという証拠は、現在までのところ得られていない。【6-c】取材協力者に対する約束違反や信義則違反があったとすれば、それは報道する者と協力者の間で解決すべき問題。その問題と番組の意義は別。なお、協力者の名前と映像を出し、本人の口から堂々と語らせている部分は、「捏造」とは言わない。

●【7】タイトルバック1分40秒が「サブリミナル効果」を狙ったものではないかという点については、

【7-a】サブリミナル効果とは、ヒトの無意識または潜在意識に働きかける知覚できない刺激(一瞬で見えない絵など)による効果。「そんなものはない!」というのが、現在の科学的な常識。50年代のアメリカで、映画のコマにコーラ写真をはさんだらコーラ売り上げが増えたというのは、完全に作り話。知覚できないならばフツー影響はなく、万万が一影響があったとしても、知覚できるものより影響が小さい(コーラのコマをはさむより、「コーラいかがっすかぁ」と売り歩いたほうが売り上げが増える。世界中でみんなが、そのようにしている)。考えてもみてもらいたい。古いテレビの画面右上隅に、CMを除き「アナログ」の文字を出しっぱなしにしているのに、まだハイビジョンを買わない人のほうが多い。30分の1秒なんて見えない一瞬で「アナログ」と出したとして、何か起こると思う? 起こると思う人は、よっぽどどうかしていませんか? きっと何かが起こるはずだと思う人は、たとえば子どもを叱るときは本人に聞こえないくらいの小声で叱り、プロポーズも相手に聞こえないように囁《ささや》けばよい。写真を見せるときなんかも、一瞬だけ見せるようにすりゃいい。そんなバカがどこにいる?って話でしょう。

【7-b】NHKや民放が放送基準で、サブリミナル的な表現はしないと謳っているのは、視聴者に見えない(感知できない)映像をはさむのは、視聴者に対して不誠実・不公正な態度だからダメだという趣旨。放送基準は局の自主基準であって、サブリミナル的映像を流したらただちに放送法違反なのではない。放送法違反と主張している愚かな衆議院議員がいるらしいので、念のため。

【7-c】今回のシリーズ・タイトルに使われている映像は、見えにくかったりすぐ消えていったりするにせよ「見える」(または「見えない」ことを意図していない)ので、サブリミナル効果とは言わない。単なるコラージュ技法(写真などの切り抜き・貼り付け。切り抜きや周囲への加工も含む)である。

【7-d】そのコラージュされたイメージのなかに、ハッキリ誰とわかる写真もあれば、すーっと消えていき何なのかわかりにくい写真もある。「わかりにくい画像をコマ送りで見たら、実はベトナム戦争の写真だった。これは普通に見ていてはわからない。だから、サブリミナルまたはサブリミナル的」という主張は完全に誤り。そんなことは、テレビでは普通に起こる。たとえば「カメラを早く振った映像に、何か黄色い看板らしきものが映ったが、流れてよくわからなかった。コマ送りで見たら、マツキヨの看板とわかった」としても、これはサブリミナル効果を狙ったとは言わない。同様に、コラージュ写真とCG技術を使ってそのような「ハッキリわからないまま流れていって消える」効果を狙っても、サブリミナル効果とは関係ない。「流れていって見えなくなる効果」を狙っただけの話。別の例では、パネルに写真を何枚も張り、これを魚眼レンズで撮る。当然、周辺部の写真は変形しボケてわかりにくくなる。それを拡大した結果、何かの写真だったとわかっても、サブリミナル効果とは関係ない。最初から撮し込んでいるからだ。NHKの今回のオープニングに、何コマか「連続しない別映像のコマ」が入っていれば、それが(効果はないとされているが)サブリミナル効果を狙ったものであり、そのときは放送基準違反。しかし、そのようなコマを見つけたという報告はまだない。

【7-e】ではコラージュだとして、昭和天皇の大元帥軍装の映像と、ヒトラーだのチャーチルだの大恐慌だの戦争(日本軍の勝ちどき、特攻機その他)だの原爆ドームだの収容所だのの映像とを、一連のものとして出すと、なぜ、昭和天皇を貶めることになるのか、まったく意味不明。このオープニングは、戦争をはじめいろんなことがあったねというコラージュを重ねたイメージ映像にしか見えない。「近代日本を象徴する人物2人、同じく日本を取り巻く重大事件は?」と考えて、「人物は明治天皇と昭和天皇、事件は明治憲法、第一次世界大戦、アメリカの隆盛、大恐慌、日独伊三国同盟、第二次世界大戦、原爆、中華民国・中共・インド独立……」と映像を探したら、こうなったというだけの話。その選択が誤りであり、放送局はそのような場合に天皇を持ち出してはならないという主張ならば、それは思想統制であり言論・表現の自由への侵害だから、私は断固として認めない。それにしても、このオープニングを見るのと、写真満載の二十世紀クロニクル(年代記)なんてのをパラパラめくるのと、どう違うというのか。ヒトラーの次のページに昭和天皇のページがあったら、ペラペラめくる人がいるかもしれないから、発禁にせよとでも? 

【7-f】そもそも戦前の天皇は、「第十一條 天皇ハ陸海軍ヲ統帥ス 第十二條 天皇ハ陸海軍ノ編制及常備兵額ヲ定ム 第十三條 天皇ハ戰ヲ宣シ和ヲ講シ及諸般ノ條約ヲ締結ス」と規定された日本でただ一人の存在。みんな天皇の赤子《せきし》と思い、天皇のために死んでいったのだから、戦争の映像と天皇の映像が一連のものとして並んで出てきても、何の問題もない。「昭和天皇の写真とヒトラーの写真を連続する一連のものとして日本人に見せると、日本人は昭和天皇とヒトラーを同一視したり仲良しだと思うに違いない」なんて主張は、日本国や日本人を徹頭徹尾バカにする愚民思想。んなことは、ありえない。もっと日本国や日本人に敬意を払ってもらいたい。

●【8】取材協力者は、生徒のほとんどが日本人という中学校に猛勉強して入り、日本の軍隊に進み、論理的な思考や演説は日本語でしかできないと語るような根っからの親日派。そのような人びとが台湾におり、日台友好に尽くしてくれていることは、日本にとってはありがたいことである。

◆だが、日本人は、結構なことと喜んでいるだけではダメだ。日本は、西欧列強の仲間入りをする過程でアジア各国を踏み台にし、彼らのような存在を生み出した。日本は植民地住民にとってよいこともいろいろしたが、だからといって、踏み台にした事実が消えるはずもない。踏み台にしたことは迷惑かけて悪かったねという話であって、よいことだってやったと開き直るような話ではない。日本は欧米列強のマネをして、彼らがアジアでやったようなことをやった。だから、欧米諸国に文句を言われる筋合いはないが、アジア各国に対してやったことは記憶すべきだ。

◆ところで、彼らは台湾住民のごく一部の超エリートに違いないが、ある意味ではとても「不幸な存在」だ。日本に生まれた日本人で、某国が日本に創設した某国人ばかり通う学校に猛勉強して入り、某国の軍隊に進み、論理的な思考は日本語ではなく某国語のほうが得意だという人がいれば、その人は日本人として不幸だろう。日本人は幸いそのような目にはあわなかった、しかし、台湾や朝鮮の人びとは日本の手によってそのような目にあった。

◆だから、この問題について謝罪するのは1回でよいが、この問題について考える機会は何度あってもよいというのが、私の考えである。今回の番組は、その機会の一つだから、NHKが制作し放送したことはよかった。日本の悪いところばかり取り上げているという批判は、「単一の番組内で相反する見方を伝えなければならない」という奇妙な思い込み(その思い込み通りの番組など、ほとんど存在しないのに、そのことに誰も文句を言っていない)による無効な批判である。また、映像や用語に関する批判も「木を見て森を見ない」式の的を射ていない批判である。この程度の批判をするために、議連を立ち上げたり訴訟をするというのは、私はたいへん非生産的な話であると考えている。

◆番組があまり伝えておらず、やや物足りなかったのは、漢民族による先住民差別の実態や、先住民内部での部族間差別という問題。アメリカで、日中朝鮮人などアジア系をもっとも強く差別するのは、白人ではなく、白人に差別されている黒人、またはアングロサクソンに差別されているヒスパニックやイタリア系だと、よく聞く。差別されている者ほど、ひどく差別する。差別されない者(階層の最上位にいる者)は、下位の各階層の者をまとめて差別するので、そうなる。そのような問題は、現在もハッキリあると思うが、番組では伝わってこない。日本語をしゃべり日本語で考える当時の台湾住民のうちごく少数の超エリートたちを、熱烈な親日家として描いて終わっている点は、番組の構成上やむをえないとしても、私にはいま一つだった

コメント

差別の連鎖

差別の連鎖っていうのは、坂本先生のご指摘の通りあると思います。強いものに虐げられたものが自分より弱いものを虐めるのは世の常なのかもしれません。親に虐待された子供が親になった時、子供に暴力を振るってしまい、あげく、殺してしまうなんていう事件が最近多かったせいもあり、規模は違えど、切なくなりました。

差別

きっと地球が滅亡するまで無くならないものですよね。
どうしても人は人と比べたがる。
競争と差別は違うようで一緒だと思います。

伝統と時代

この日も就職活動のため出席できなかったので、私が感銘を受けたドキュメンタリーの紹介と感想でもよろしいでしょうか?よろしくお願いいたします。

私が紹介したいのはこのドキュメンタリー2本です。

★花の中学生応援団

キツさから逃げないで、向かって行ってほしい。

応援団に入部した中学生一年生の2人を追った人気作品。来週放送の続編に先駆け再放送。

明治大付属校には50年以上の歴史を誇る中高合同の応援団がある。そこに新しく入部してきた12才の新入生2人。まだ幼さの残る少年たちには、入部と同時に秩序と規律が叩き込まれる。

毎日続く地獄のような鍛錬の日々。絶対的な上下関係の末端で、彼らは精神的にも追い込まれてゆく。現代の一般的な若者とは、まったく別物の道を選んだ、彼らの青春物語。

2010年6月27日放送
語り 藤田朋子
演出 森康行 長谷川久美子


★「青春YELL!花の中学生応援団~完結編~」

学校の規範となるのが応援団。

60年の歴史をもつ明大付属校の応援団に密着した人気シリーズ完結編。

中学1年生で入部した2人の新入部員。それから5年の月日が経ち、彼らは応援団の幹部となり、部を率いてゆく立場になった。そして校舎の移転に伴う男女共学化で、応援団には女子チアリーダー部が併設された。しかし、歴史と伝統を重んじ、秩序と規律を叩き込む応援団のやり方に、女子部員たちの不満は溜まってゆく。

そんなわだかまりを抱えつつ、応援団は毎年恒例の夏合宿へ突入する。それはOBたちの指導による、厳しい鍛錬が続く地獄の5日間。そんな過酷な鍛錬を目の当たりにした女子チアリーダーたちの心には、いつしか気持ちの変化が生まれていた・・・

2010年7月4日放送
語り 村川絵梨
演出 木田康嗣

(ザ・ノンフィクションファンサイトよりhttp://thenonfiction.blog54.fc2.com/


特に印象に残ったのは完結編においての男子部員と女子部員の対立です。
私も中高一貫校の学校で中学、高校と生徒会に所属しており、
高校時代私は中学から所属してる一貫生で、内部進学私と高校から入学してきた外部進学生とやり方や考え方でよく衝突したことがあるので、自分のことのように見ていました。


わたしはどうしても経験上、男子部員のほうの気持ちに賛同してしまいます。
今まで頑張って守り抜いてきたのに、新しく入ってきた子たちの意見や考えに流されるというか、自分たちの思いのままに行動されるというのはとても納得できない様子が男子部員の態度からも伝わってきました。

しかし、夏合宿最終日の最後の練習で男子女子が輪になって校歌を歌っている時、「頑張りや思いは言葉ではなく、日頃の態度からなんだな」と痛感しました。
口だけではなんとでも言えます。しかし、それを実行するのは大変なことです。
女子部員は男子部員の強い心で応援団を守り抜いている様を肌で感じたからこその輪だったんだなと思いました。

私もこのドキュメンタリーを見て、口だけで願望や文句を言っているだけでなく、ちゃんと行動して、頑張りぬく強さを持とうと改めてこの応援団たちに「まずは行動!」というのを教えられました。

「日本人」だった今の台湾人

一度は戦時下日本の統治下に置かれて、日本語を使うことは苦しい昔を思い出してしまうことでもあるから、インタビューの時にも使わないかと思ったら、平然と使っていて驚きました。それも流暢な日本語。それだけ彼らの中に「日本」というものが強く刻み込まれていることの印なのだなあと思いました。

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●このブログは、日本大学藝術学部(日芸またはNGと略)放送学科の授業の一環として設置しています。学外の方も自由に閲覧やコメントしていただけます。学生らの活動を厳しく、ただし温かく見守っていただければ幸いです。学生には「ブログ炎上も授業のうち」といってあります。

●ブログ開設は2006年ですが、1999年からマスコミ演習、マスコミII、放送特殊研究Vといった授業を担当しており、2005年以前のレジュメなど古いものも置いてあります。(坂本 衛)
 

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