テレビ報道を考える!! 日本大学 藝術学部 放送学科 「放送特殊研究V」ブログ

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開設:2006-05-25 (通年 4単位 3年以上 選択 江古田校舎 放送学科専門科目)

日本大学藝術学部放送学科「放送特殊研究V」(担当講師/坂本 衛)のブログ。2017年度のテーマは「放送・報道における日本語表現の研究」です。

東京オリンピック(Tokyo Olympiad) 2010-06-25

【今週と次週はこれ↓】
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『東京オリンピック』(Tokyo Olympiad)
1965年 日本 170分 カンヌ国際映画祭国際批評家賞
監督/市川崑
撮影/宮川一夫、林田重男、中村謹司、田中正
音楽/黛敏郎
脚本/市川崑、和田夏十、白坂依志夫、谷川俊太郎
ナレーション/三國一朗
協力/日本大学芸術学部ほか
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●1964年10月10日~24日、日本で開催された第18回夏季オリンピック東京大会の公式記録映画。ベルリン大会の次、1940年予定されていた東京大会が、第二次世界大戦の勃発で中止に。この大会が、日本初と同時にアジア初のオリンピックとなった。

●黒澤明が予算の関係で断り、今村昌平はじめ複数の監督に打診するもダメで、最終的に市川崑が引き受けたとされる。国内配給収入は12億2321万円を記録。各地で上映会が開かれ、戦後復興を果たした日本を象徴する映画として、広く歓迎された。芸術性の高い作品としても評価されたが、河野一郎が「記録性に欠ける」と批判し、「記録か芸術か」の論争を招いた。

●当授業では、まだ戦前のドキュメンタリーを見せている最中だが、本作は『オリンピア』から甚大な影響を受けている(そのパクリや真似といってもよいシーンもあり)。『オリンピア』を見た記憶が鮮明なうちに見せたほうがよいと判断し、おおよその年代順を無視することに。『オリンピア』同様の創作、過剰な演出、いわゆる「やらせ」スレスレの映像に注意しながら見よ。

●坂本がコメントを八つ書き込んだ。名指しされている者は、すみやかに反論や説明のコメントを書き込んでください。なお、「スパムと判定されてしまった」と申し出た者があったが、坂本のコメントも一部そうなった。

●パスワードを間違えて正しいパスワードで同じ文章を書き込もうとする、あるいは修正を加えようとしてパスワードを間違える、というようなことを何度か繰り返す場合に、スパム判定が起こるようだ。長文コメントを書き込もうとすると不都合があるかもしれない。また、何らかの事情で、正しいパスワードを入れているのにトリップが狂うことが、稀に起こるかもしれない。そのような場合は、翌日改めて書き込む、長文を分割して書き込む、別の場所(同じ映像を2~3回に分けて上映したときは、コメントを書く場所が2~3か所ある)に書き込む、などを試してごらん。

●坂本が授業で話すことは、坂本サイトでより詳細に触れている場合が多い(ブログはほぼ毎日、授業は週一だから、書いてから話すことが多い)。受講生はしっかりチェックのこと。
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「すべてを疑え!! MAMO's Site」日録メモ風の更新情報

コメント

いい加減見飽きたけど

オリンピックものばかり、いい加減見飽きたところです。
けれど、なんでしょうか、この「東京オリンピック」ってやつは、今、この国でオリンピックをやってこれだけ盛り上がるかっていったら甚だ疑問ですが、これはすごい。
石原都知事がこの1964年のオリンピックの妄執に駆られてあんなに東京オリンピック誘致を訴えたのだとしても、なんの不思議も無いくらい、盛り上がっている。
昨今のスポーツ離れなんて話もあるけれど、体育の授業でこういうのを見せたら、意外と子供達もスポーツにやる気が出て良いのではないか、思わずそんなことを思いました。

「芸術」と「記録」の合わせ技

「芸術か記録か」賛否両論のある作品と聞いたうえで視聴を始めました。
「オリンピックは、人類の持っている夢のあらわれである」という文から映画は始まりました。
そして、次は画面いっぱいの真っ赤な太陽。
太陽は日本の国旗をイメージしているのかとも考えましたが、レニに触発されたようにも思えます。

『オリンピア』のように、過剰な演出は多く見受けられました。
しかし、オリンピアと同じレベルの芸術性というものを感じませんでした。
それは、ナレーションが原因であると思います。
オリンピアに比べナレーションが多く、そして、ナレーターの口調が芸術とは程遠いものであり、「記録」を語っているように思えて仕方ありませんでした。

男子100メートル決勝では、スタート前の選手の心境をナレーターが語っている。
男子ハンマー投げにおいては、「整備員も参加しているのです」という整備員を激励するナレーションまで入っている。
スローやモノクロの映像も使われ芸術的な作品とも言えますが、脚本がいまいち芸術的とは言えなかったように感じます。

しかし、これは記録映画なのですから、100%芸術的である必要はないと思います。
一部、選手紹介や選手の出した記録を伝えていない競技もありましたが、細かいナレーションが入ることで選手の記録、選手自身を知ることができます。

芸術中心のオリンピアに対し『東京オリンピック』は、芸術と記録の合わせ技から生まれた作品であると私は思います。

疑問

この映像はビルが壊されているシーン、真っ赤な太陽のシーンから始まり最初はオリンピックの映画だとは思えないものでした。
疑問に思うシーンもありました。まず、各国の選手が入場するシーンは天皇の前ではみな帽子をとっていたがアメリカの選手はとっていましたか?映像で映していないだけかもしれないが…
もう1つは、日本の選手がほとんど出ていないのは好意的にやったものなのか?という2つの疑問です。
この映画はスローが多かったのや効果音の使い方が印象的です。
「オリンピア」の演出に似ている所は多々ありましたが、「オリンピア」よりは記録的な映像だと思いました。

二つの疑問につき

> 天皇の前ではみな帽子をとっていた

次回、時間があれば確認してみよう。ただ、ユニフォームの帽子は、天皇その他特別な人の前でわざわざ取らなくても、別に不敬ではないよ(世界的にそう。軍人が典型)。帽子を取る、手を振る、赤いハンカチを振る、頭右《かしらー、みぎ!》をするなど、たいてい何らかの挨拶したが、しなかったからってどうということもないと思うけどね。

> 日本の選手がほとんど出ていない

まだ、日本選手が活躍する競技シーンが出てこないだけよ。

個人的な見解だが、走る陸上競技でいちばんおもしろい三つは100m、マラソン、400mリレーだと思うね。私が監督だとしたら、必ずこの三つはカメラ台数もスタッフも最大限出し、じっくり撮ってじっくり編集し、上映時間も長く割きたい。100mがあれば200mは要らない。似すぎだし、前者にすべて凝縮されており、全体で120分といった尺が限られているから。で、たぶん100mを導入部直後に、マラソンをラスト直前にもってくるね。その映像(100m決勝やマラソンのトップグループ)に日本人選手がいなければ、そりゃしょうがない。

演出の巧みさ

率直な感想としては、演出が面白かったなあと思いました。

効果音、子供だけ撮った時の映像、雨の時のモノクロ映像、走っている時の足音、息

その当時の臨場感が伝わってくるようでした。

また、オリンピックの裏側もよく撮影されているのが印象に残っています。
審判員の人たちやプレスセンターの様子。
特にプレスセンターは今のデジタル化社会において、各国の記者がカタカタとタイプライターを打っている姿はとても興味深いものがありました。

わたしはオリンピアより東京オリンピックの映画のほうが芸術としても記録としても両方楽しめたなと思いました。

記憶のなかの輝かしいもの

思い出補正と、経年妄想が入った時の脳内映像ってこういうふうになるよなあ、と思いながら、見ていました。
自分はできないけれど、スポーツっていいものですね。

2つの作品を比べて

40周年記念DVDBOXには東京オリンピックの脚本が載っている。その序文に「この映画は純然たる記録であって、しかも単なる記録に止めてはならない」「現在のわれわれに欠けているものは、つくりものを尊ぶ気風である。我々一人一人の心の奥にデンとあぐらをかいている”尊いものはほんもので、つくったものはまやかしだ”という信仰をこっぱみじんに砕かねばならない」。市川崑自身が今作において、どれほど「記録か芸術」かに拘っていたことがうかがえる。

 レニの影響を多分に受けているとなっているが、私が思うにその影響とは、二つの作品に類似点が多く見られるという点ではなく、市川が‘意識的にレニを避けている`ということ。先の序文でこういう部分がある。「人間の肉体を写して、人間の肉体だけしか感じさせない画面では写した甲斐がもない」 これは遠巻きにレニの「オリンピア」のことを指しているのだろう。市川はオリンピック作品の金字塔を超えることで、東京オリンピックの歴史的価値を高めようとしたのではないだろうか。
 
 そして、二人が扱ったテーマも異なるものだ。レニはオリンピックを通して”人間が持つ美しさ”を、市川はオリンピックを通して”日本の再興”を表現しようとした。国の復興をうたったオリンピック映像と、誰もが共感する人が持つ美しさを伝えたオリンピック映像。 日本を元気づける意味では東京オリンピックは素晴らしいかもしれないが、私は後者を好む。国の境目など関係なく、一人の人間であるとはどういうことなのかを考える。 オリンピックの意味は本来そこにあると思うから。

日本の復興

いきなりビルの解体から始まって、スタジアムの映像がでてから、ああスタジアムの建設か、と自分のなかで捉えることができました。最初の方に出てきた、朝日が上ってきている演出は、オリンピアにも見られた表現で、影響を受けているんだな、と感じました。
日本でオリンピックをするにあたって、映画のなかで日本は20年あまりでここまで復興を遂げたということを、映画を通じても世界に示そうとしていたのかなと思いました。

記録か芸術かと言われると。。。

様々な演出的なことは現代人からすれば違和感を感じるかもしれないが、当時の人に日本でのオリンピックのすごさを伝えるたい、という気持ちがみえるドキュメンタリー的作品に感じました。

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●このブログは、日本大学藝術学部(日芸またはNGと略)放送学科の授業の一環として設置しています。学外の方も自由に閲覧やコメントしていただけます。学生らの活動を厳しく、ただし温かく見守っていただければ幸いです。学生には「ブログ炎上も授業のうち」といってあります。

●ブログ開設は2006年ですが、1999年からマスコミ演習、マスコミII、放送特殊研究Vといった授業を担当しており、2005年以前のレジュメなど古いものも置いてあります。(坂本 衛)