テレビ報道を考える!! 日本大学 藝術学部 放送学科 「放送特殊研究V」ブログ

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開設:2006-05-25 (通年 4単位 3年以上 選択 江古田校舎 放送学科専門科目)

日本大学藝術学部放送学科「放送特殊研究V」(担当講師/坂本 衛)のブログ。2017年度のテーマは「放送・報道における日本語表現の研究」です。

民族の祭典(オリンピア第一部)/FEST DER VOLKER-OLYMPIA TEIL I 2010-05-21

【5月21、28日はこの映画を見せる。辛気くさい日本の映画は、もういいだろ】

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『民族の祭典(オリンピア第一部)/FEST DER VOLKER-OLYMPIA TEIL I』
1938年 ドイツ 138分
監督/レニ・リーフェンシュタール
撮影/ウィディ・ジールケ、 ハンス・エルトル 、ワルター・フレンツ、グツィ・ランチェナー、クルト・ノイバート、ハンス・ミシャイブ
音楽/ヘルベルト・ヴィント
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●1936年オリンピック・ベルリン大会の記録映画第一部。「美の祭典」と合わせて「オリンピア二部作」をなす。ヴェネツィア国際映画祭で金賞。

●【以下、授業で話したこと】ナチスドイツは1938年にこの映画を作った。オリンピックそのものは36年開催。その次、40年のオリンピックは「幻の東京オリンピック」(戦争で中止)。ドイツは39年9月に電撃戦(ポーランド侵攻)を始めてーロッパを席巻する。その前年の映画。

スポーツの撮り方の主なものは、ほとんどすべてこの映画──史上初めての本格的なオリンピック映像に出てくる。その意味で画期的な映画であり、五輪映像の金字塔だ。スポーツの映像における演出・過剰な演出・ありえない演出も、ほとんどすべて出てくる。現在のテレビや映画で問題とされる(過剰な)演出や効果・再現・やらせその他の問題が、70年以上前に提起されている。突っ込みどころ満載の、実におもしろい、興味深い映画だ。「問題外のナチス宣伝映画」と切り捨て話は終わり、なのではない。勉強しろ。70年前と同じ問題でつまずいている場合か。

●冒頭の導入部が、異様に長い。1930年代にモロおっぱいを出す。レニのこだわり、レニの芸術至上主義(それをドイツ帝国も認めたということ)だ。導入部に続くのは聖火リレーだが、各国を受け継いでいく今日の方式を始めたのはナチスドイツ。【追記】ヒトラーのドイツが最初に始めたものは少なくない。たとえば高速道路。

●音楽がすごい。ドイツはオーストリッチを併合した(ドレミの歌の映画『サウンド・オブ・ミュージック』見たことないか?)。つまりバッハもモーツアルトもベートーベンもドイツ、ベルリンフィルもウィーンフィルもドイツで、当時のドイツ帝国は西洋音楽の総本山。フルトヴェングラーもカラヤンも鍵十字の旗のもと演奏したわけだ。その音楽の力が映画に注ぎ込まれている。

●いろんな目のつけどころがあるぞ。たとえば昔の女性たちの髪型とか。陸上短距離のロケットスタート台(名前知らん。足乗せ)も、昔は地面に穴を掘っただけだし、トラックがでこぼこだ。走り高跳びは、ゴム跳び方式で背面跳びなんか発明されていないし、落ちるところはクッションなしの砂場。

●この大した映画を作る一方で、ヒトラーのドイツはユダヤ人狩りをやった(【追記】35年ニュルンベルク法で、ユダヤ人の公職追放・企業経営禁止。38年「水晶の夜」のユダヤ人襲撃。40年前後からユダヤ人のゲットー囲い込み、42年から収容所送り、ホロコーストへとエスカレートしていく)。ナチスドイツが殺したユダヤ人の数は600万人。日本は、そのドイツのおともだち、大の仲よしであり、最重要の同盟国だったことを、決して忘れないように。

コメント

芸術作品としての人間をうつす

1年生の頃、この作品を見たことがあります。
やはりそのときも、オリンピックの記録映画というより、人間がつくる芸術を見た気がしました。

最も印象的なのは、約15分もある導入部です。
映画のタイトルを知らずに見た場合、あの始まり方でオリンピックの記録映画だとわかる人はいないと思います。
彫刻が人間に変わり、その人間が裸体であることに驚きました。

「人間の芸術性を表現するためには、肉体美を表現しなければならない。肉体美を表現するためには、裸体でなければならない」
私は裸体の意味を、このように感じとりました。

競技シーンにも注目していました。
円盤投げは、投げるときの選手の表情をよく捉えており、記録はあまり重視されていない。
ハードルは、真後ろ、斜め後ろ、横といった様々な角度から走る姿を見せている。今の演出と同じだ!と思いました。
走り高跳びや3段跳びは、跳ぶ瞬間をスローにしている。これもやはり、現在使われている演出方法です。

スポーツの記録を残すとともに、芸術としての人間の姿を残した記録映画である。
私は、そう思います。

参考資料

授業での感想等は本日の続きが終わってからにしようと思いますが、前半を見ただけでかなり引き込まれる、と言うか面白かったので調べてみたらかなり安価に販売されていたので後編(TEIL Ⅱ)と併せて購入してみようと思います。
参考までに。


民族の祭典
http://www.amazon.co.jp/%E6%B0%91%E6%97%8F%E3%81%AE%E7%A5%AD%E5%85%B8-DVD/dp/4774718343

美の祭典
http://www.amazon.co.jp/%E7%BE%8E%E3%81%AE%E7%A5%AD%E5%85%B8-DVD/dp/4774718351

無邪気なヒットラー

古典的なドキュメンタリーの「捏造」がふんだんに使用されていて面白い。事実ではなく「映画」であるのは一目瞭然である。普段、オリンピックなんてものは興味も持たないし、見もしないが、これほど極端な中継[厳密には中継ではないが]となると笑える。(視覚的効果を求める為に選手の動きを早回しにするところなどはかえって、選手を矮小化しているように見える)
特筆すべきはヒットラーの豊かな表情である。第二次大戦末期の、兵士に勲章を授与しながら後ろ手に回した手を震わせているヒットラーの姿はそこにない。この映画には、ヒットラーの無邪気にオリンピックを楽しんでいる子供のような姿が描かれている。いっそカワイイとも思えるくらいで、そういった意味合いで実に新鮮な映画だった。
ドイツの掲げる旗がハーケンクロイツって[笑]時代を象徴している。

秋田尭律

これは「記録映画」です

>>秋田尭律さん
映画として見るなら「捏造」とは言わないのでは?

それに何が笑えるのかがよくわかりません。
私の目には矮小どころか映像表現としての“メリハリ”を強調し、現代にも通じる優秀な映像作品だと映ったのですが・・・

Hakenkreuzに対して「(笑)」とする意味もです。
特にこちらはドイツを侮辱しているかのようで非常に遺憾です。

今とそんなにかわらない

 私は、この映像を見て、今のスポーツの競技映像とそんなに変わらないなと思いました。
 トラック種目を見るのが好きで、その場面も今と変わらずドキドキしました。ただ、周りの歓声が異様に大きくて・・・。それはちょっとやりすぎです。見ていても笑えてきちゃうし、観客のほうに目がいっちゃうし。
 普段生活している中で、昔のオリンピックの映像は見る機会がないので、授業で見れてよかったなと思います。
 普通に楽しく見れました。

ヒトラーも人間

注目するところがおかしいかもしれませんが、
自分は、ヒトラーが映っていたことが、
一番と言ってもいいくらい、
とても印象的でした。
ヒトラー=戦争というようなイメージしかなかったので、
あー、ヒトラーも普通の人間だ、と、
改めて思いました。
カワイいとは思いませんでしたけども。


オリンピックという事柄だけではなく、
歴史を記録した作品だなと感じました。

まるでドラマでした

オリンピック映像を見るという気持ちで見始めたため、正直衝撃的だったように思います。
まさか、あんなに劇的なタッチで記録されているとは。
今のオリンピック映像は、ありのままをカメラにおさめていて、それを報道しているだけなのと比べて、今回見た映像はある意味、ドラマを見ているようでした。
昔のオリンピックの映像を見たことがなかったので、見る物すべてに驚きを感じました。
当時のオリンピックは、物がない世の中でこのように競技を行っていたんだなと発見が多々ありました。
陸上短距離のクラウチングスタートだって、今のように規定されていないから地面に穴を掘っただけで、不公平などはなかったのか?!と疑問に思ってしまうほどでした。
走り高跳びもゴムで、落下地点は砂場!
時代と共に、オリンピックも変化している(その時代を描写している)んだなと感じました。
そして、何人かの方も書いていらっしゃいますが、
私もヒトラーには衝撃を覚えました。
まさか、あの演説や大衆を前にしている映像以外でもヒトラーが映っているものがあると知らなかったからです。
今やオリンピックは平和の象徴でもありますが、
当時は平和と戦争の両方をバックグラウンドに掲げて、国同士が戦っていたんだなと思いました。

国同士の意地のぶつかり合い

とても厳格な雰囲気の漂うオリンピックに見えた。
やはり随分昔なので設備は充実していないしおそらく選手達の技術も現代よりは劣るだろうが、ただ今のオリンピックには無い何か威圧感の様なものをこの映像を見て感じた。
現代のオリンピックは単に一つの大きなイベントとして世界中の国民に捉えられているように思う、しかしこの当時のオリンピックは今よりずっと国の誇りをかけた戦いを選手達がしていたように思う。
やはりオリンピックは本来国の威信をかけたものすごく大きな意味のある戦いで当時の選手達の方が国のために戦っている感じがした。
だからなのか分からないが、現代のオリンピックを見る時よりもより真剣に、神聖なものとして見れた。
まさに国同士のぶつかり合いという感じがした。

監督の熱い製作魂

ベルリンオリンピックの記録映像というよりも、ドキュメンタリーの様なヒューマンドラマだなという印象を受けました。
確かに過剰な演出が幾つも見受けられましたが、今と同じようにただ単に撮った映像に解説者の声をのせた記録映像を編集したものを作ったとしても、クオリティが低く面白みのない物になっていたと思います。

当時の技術を100%活用して、今自分の作れる最高のベルリンオリンピックを残そうという熱い監督の気持ちがあったからこそ、こういった作品になったんだと思いました。

記録作品?

記録作品という事で、誰が優勝した、こんなにすごい記録がでたなどを中心に描かれるものだと思っていたが全く違うものであった。
記録などよりも選手の体などを中心に描かれていた。
400メートルリレーはタイムがでていたが走っているシーンは早送りされているのが明らかだった。
マラソンでも別撮りのシーンが挿入されているのが明らかである。
当時はスポーツとしての記録作品として撮られていたものだが。
今この作品を見ると、当時はこういった撮影方法を使用していたのかというのかが分かる記録作品になっていると思う。

オリンピック

オリンピックは昔からオリンピックなんだと思いました。
戦争していても、スポーツだけは公平に出来る平和な戦いかもしれないと思いました。
母国の選手を懸命に応援する姿は今となんら変わりない。
映像に関しては、今とは違い、作られたものって感じました。
早送りやスローにしてるのは見ていて違和感がありました。
なぜわざわざそうしたのか不思議です。
ありのままで流すからスポーツはその選手のすごさが伝わるのに。
でも映像作品というのなら、ありなのかもしれないですね。

本編までが長い

白黒映像や裸婦映像に慣れていない時代には魅力的な序章だとは思いますが私にとっては少し退屈な時間でした。
先生が授業の最後におっしゃった通り現在のスポーツの撮影手法は、このオリンピックに根本があるのだと確認することができました。
競技の映像は尺が限られていたのかかなり早送りな感じで流されましたが、私はその影響であまり映像にのめりこむ事は出来ませんでした。
0コンマ数秒を争うマラソンなどを早送り映像で見てもゴールの瞬間に感動を覚えられません。

光と闇

1番古いオリンピックの映像を視聴して、走っている足のシーンや選手のアップなどが実際やっていた映像ではなく後撮りしていたということに大変驚きました。
記録作品といっていいものか疑問に思うほどでした。
しかしオリンピックというものはやはり盛り上がり、選手たちも力が入る大会です。が、その影には「戦争」というものあるのがこの映像でも見受けられました。
日本代表の韓国の選手。素直の喜べない時代があったという現実に悲しい気持ちになりました。
そして、ヒトラーの楽しそうな映像。
怒りの気持ちしかありませんでした。可愛い、普通の人間?だったら人を殺したりなんかする訳ありません。
そのドイツと同盟を組んでいた日本…
なんとも言えない気持ちになります。
オリンピックという楽しいものと戦争という暗いものが見えた映像でした。

コメントすべし

> ハーケンクロイツって[笑]時代を象徴している。(秋田尭律)

中村光輝のコメントに同感。私もなにがどうして[笑]なのか、さっぱりわからん。そこは笑うところじゃない。戦前の日章旗や旭日旗(朝日をあしらった軍旗)を見て、当然、時代を象徴しているが、笑えるか? どこが、そんなにおかしい? これについてはコメントして。

> 戦争していても、スポーツだけは公平に出来る平和な戦いかもしれないと思いました。(滝文絵)

「公平」って、誰と誰が? よく考えて。あれは、「戦争していても」じゃなくて、「戦争できる連中」だけが、「とりあえず平和」に集ってスポーツしているんじゃないの? 黒人オーエンスはアメリカ代表だけど、欧米列強に支配されていないアフリカの黒人が「公平に」出場していた? 朝鮮人が日本代表だったけど、ほかにどこのアジア人が「公平に」出場していた? 当時の世界は、「自分の国」と素直に呼べる国を持たない人の数(植民地住民の数)のほうが多かったんですよ。そんな状況で、「スポーツだけは公平に出来る平和な戦い」なんていえると思う?

> 現在のスポーツの撮影手法は、このオリンピックに根本がある(本田裕也)

授業でそんなこと言ったっけ? 基本的なものはこれにほとんどすべて出てくる、とは言った。「根本がある」のとは、ニュアンスが違うと思うけれども。

オリンピック

当たり前かもしれないが、今のオリンピックとは雰囲気も設備なども違う。そして現在の人間の身体能力も随分と伸びているのも一目瞭然だった。過剰な演出も今とは大きく異なるところで面白いなと感じた。

ラーメン+Ramen ~人情vs科学~

すいません・・・この日は就職活動をしていたため授業に出られませんでした。なので5月16日に見たドキュメンタリーの紹介および感想を書かせていただいてもよろしいでしょうか??よろしくお願いいたします。


「ラーメン+Ramen ~人情vs科学~」
http://trendy.nikkeibp.co.jp/article/pickup/20100511/1031744/?ST=life&P=1

このドキュメンタリーはフジテレビとWOWOWがお互いの映像素材を共有し作るという画期的な共同制作ドキュメンタリーです。
今回私はフジテレビで作り、放映されたほうのドキュメンタリー
ザ・ノンフィクション『ラーメン+Ramen~人情vs科学~』(5月16日14時/フジ)
を見ました。

古くからのラーメンを守るバスラーメン=人情

自分のオリジナリティで勝負するアイバンラーメン=科学

うまく対比されていて、見ていて興味深かったです。

特に比較したラーメン屋それぞれ共通点が「ラーメン屋」という所だけで、考え方やスタイルが全くもって別なのもいいと思いました。

バスラーメンが自分たちの新しい味を作り続けることはなく、

アイバンラーメンが師匠という存在もなく、味を守り続けているわけでもなく。

時折見ていながら、アイバンラーメン店長さんのアイバンさんがバスラーメンを訪れたらどう思うのだろう?バスラーメンの夫婦がアイバンラーメンを訪れたらどういう反応をするのだろう?と、
この2組が直接会って話す、というのも見たい気もしましたが、

そうしないことで双方のラーメンの「カタチ」というものがすごく良く解りました。

特に印象に残っているのはアイバンさんが朝の仕入れでご近所のお店から食材を調達している場面です。
お肉屋さんの旦那さんが今日仕入れたお肉の部位や食べ方について教えたり、八百屋の奥さんがその日の野菜の状態を教えたり、
ラーメンはアイバンさんの技術や努力、知恵だけではなくご近所付き合いから生まれる知識も多くあるのだなと、なんだかアメリカ人のラーメンではありながら、こんなところに日本人の知恵や心意気が入っているんだなと見ていて心があっ
たかくなりました。

ちなみにアイバンラーメンは夏に食べに行きました。塩つけ麺でした。塩といっても豚骨と野菜の濃厚なスープが麺にからんでとっても美味しかったです。ラーメンがあまり好きじゃない女の子やご年配の方にもおいしく食べられるラーメンだなと思いました。

オリンピア

走り高跳びがだれも背面跳びでとんでいなかったり、クッション材がただの砂場だったり、長袖長ズボンで競技を行う人が多かったりと、時代の経過を感じさせる作品でした。陸上競技で重要なシーンはしょっちゅうスロー再生になっていてややしつこく感じました。

競技が進化すること

競技機材がこの時代から現代までにマットや靴等の様々なものが進化したことに驚きました。特に馬と障害物を超えていく競技では怪我する原因の山だったと思うので進化して良かったです。

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●ブログ開設は2006年ですが、1999年からマスコミ演習、マスコミII、放送特殊研究Vといった授業を担当しており、2005年以前のレジュメなど古いものも置いてあります。(坂本 衛)