テレビ報道を考える!! 日本大学 藝術学部 放送学科 「放送特殊研究V」ブログ

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開設:2006-05-25 (通年 4単位 3年以上 選択 江古田校舎 放送学科専門科目)

日本大学藝術学部放送学科「放送特殊研究V」(担当講師/坂本 衛)のブログ。2017年度のテーマは「放送・報道における日本語表現の研究」です。

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靖国神社(戦時下の映像その1) 2010-04-24

【4月23日に見せた映像その1】
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『靖国神社』
1939(昭和14)年 20分 皆川芳造/謹製 指導監修/陸軍省情報部
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●皆川芳造は、アメリカのトーキー(フィルム端のサウンドトラックに音声を録音した音付き映画)技術を導入し、1927年から「ミナトーキー」なるトーキー映画を製作開始。1929年には発声映画株式会社を設立。戦後は、日本で最初にテレビ放送を導入しようとした人物の一人(正力松太郎らと組んだ)。

●鳥羽伏見の戦いが出てくる。靖国神社には、当時の官軍(政府軍)側の死者だけが祀られていることに注意。たとえば会津若松や函館五稜郭で幕府軍側として戦って死んだ者は「逆賊」。靖国には、彼らを殺傷した後に戦死した者を祀ってある。ということは、靖国神社で頭を下げると、自分の曾爺さんや曾々爺さんをブチ殺した者を神様として拝むことになってしまう日本人が、この国には少なからず存在する。西南戦争も同様。西郷隆盛は逆賊で、西郷や彼に従った者を殺傷してから戦死した者が祀られている。

●日本軍による空爆映像が出てくる。空襲はアメリカの専売特許と思っている人が多いかもしれないが、もちろん日本軍のほうが先に中国大陸でやった。1938年の重慶爆撃ね。それより前にやったのはドイツ軍で、37年のゲルニカ空爆。ピカソの絵は、これを描いたもの。当時、米英ともまだ参戦すらしていないが、結局は日独とも、メッタクソに空襲された。ドレスデン、東京、広島、長崎。

●昭和14年秋の段階で「英霊14万」としていることに注意。靖国神社の神様は246万柱の兵士などの霊だが、昭和15~20年までの6年弱で、232万人の霊を追加したわけだ。台湾と朝鮮半島を植民地とし満州国まで作ったのに要した戦死者が10万。それをパーにした(全部失った)戦争に要した戦死者が230万なのだから、太平洋戦争をやったのはバカだと、私は思う。

●なお、昭和20年8月までは朝鮮も台湾も「日本国」の一部であるから、246万柱の兵士などの霊には、朝鮮人や台湾人で日本軍に属し戦死した者の霊も含む。彼らの遺族が、たとえばキリスト教の信者で「自分の家族(夫、父、祖父など)の霊を、靖国神社の神様にするのはやめてほしい」という場合もあるが、靖国神社は「一度神様にしたものを神様でなくすることはできない」という立場。

●私の母の兄は、靖国神社に祀られている。ただし、この伯父は、敗戦後、軍を離れしばらく中国にとどまって働いた(かくまってくれた中国人があり、石炭袋をかつぐなどしていたそう)後に引き揚げてきた。その過酷な労働がたたって胸を病み、昭和23年だか24年だかに亡くなったが、戦病死ということにして靖国に祀られ、その妻に遺族年金も出たと。私の祖父・深澤銀蔵は静岡選出の国会議員(後に厚相)・神田博と親しかったから、そんな(政治的)ルートを使ったのかも。ようするに誰を神様とし、誰を神様にしないかは、かなりいい加減。神様になる基の名簿を作ったのは、復員省・庁(のち厚生省)の役人なので。社保庁見りゃ、いい加減さが想像できるというもの。

●映画の内容を詳しく紹介しているサイトがあった。難解というか、耳慣れない言葉などもわかるから読んでみよう。
国策映画ってどんなもん?

コメント

「靖国神社」をみて思った事など

 靖国神社にせよ何の宗教にせよ、誰を神様にし、誰を神様にしないのかはいい加減である。
 そもそも宗教というスタイルは何を神にしたって構いやしないのだ。「猿の惑星」に出てきたように原爆を神と崇めたって、消しゴムを神と崇めたって、AV女優を神と崇めたってなんの問題もない。問題はその神が時代のニーズに合っているかどうかであり、その神が信者に「救済」やら「幸福」といったプラスの感情を与える事が出来るか否かである。
 宗教は信じているものが、「信者」だけが優先的に「至福」を得る事が出来ればそれでいいのだ。
 ただ、その点で、靖国神社は原始的でありながら、非常に斬新な神を生み出したといえる。
 戦争で功を成したものが英雄神として崇められるというのは、ケルトをはじめ、世界各国の古代社会で見受けられるように、人間が最も自然に受け入れる事が出来る神のあり方の内の一つだろう。それは、人は「力」を尊敬すると同時に畏怖する生き物だからである。これは、周知のことだが、基本的な神の持ちえる性格の二面性と一致する。
 つまり、靖国神社は、取っ付きやすい神として官軍の死者、戦死者を、国家に従う「信者」獲得のため英雄神に作りあげたといえる。これには大きな利点がある。
 一つは社会的弱者、不幸な貧民(この場合、官軍、戦死者の遺族)への精神的な救済。
 もう一つは靖国神社の最大の特色にして斬新さ。戦中、お国のために戦死したら神になれちゃいますよ。という気軽で分かりやすい、明白な「信者」へのアピール。
 これは戦中の社会情勢を考えたら受けること間違いなし。大ヒット宗教になって当然である。なんせ、戦争で死んだら神様になれちゃうのだ。他の宗教からしたら考えられない大盤振る舞い、バーゲンセールである。キリスト教の聖人認定でさえ大変なのに、まして神である。よ、太っ腹! といった様子だ。
 この古典的な英雄神のあり方に「大盤振る舞い」という斬新さを加えたところに、よしあしはともかくとして、靖国神社の宗教的すごさ、面白みがあるように思う。宗教を開く時はこういう神社を参考にするのもいいかもしれない。

洗脳

この映像が作られた1939年は第二次世界大戦が始まった年でもある。wikipediaによると『靖国神社本殿に祀られている祭神は戦没者、英霊である』『日露戦争(1904-05年)後に新たに「英霊」と称されるようになった』とある。つまり、この映像は第二次世界大戦に向けた国民への洗脳であるのではないかと思った。御国のため・天皇のために第二次世界大戦で戦う兵士を集めるための宣伝映像である。映像からも戦争の怖さはあまり感じられず、支那事変の映像では大砲を放ち、銃を撃つ日本兵の姿を勇敢に誇り高く見せようとしている気がする。

小泉首相と靖国神社

私が初めて靖国神社を知ったきっかけが2001年の小泉首相の靖国神社参拝問題が連日ニュースで流されていたのがきっかけでした。

中1ながらにも、戦争の爪痕はこんなにも引きずっているんだなと浅はかながら思っていました。

改めてこの靖国神社の映像を見て、靖国神社は戦争の怨念、または戦争が終わった後の責任問題等、整理しきれず背負ったものが大きいなと思いました。

いっそ、靖国神社とは別に、国で追悼施設を作るべきではないか?と思いました。

靖国の神様

「一度神様にしたものを神様でなくすることはできない」という靖国神社の主張が胸に引っかかった。

例えば自分の祖先が祀られているとして、70年くらい前に死んだ祖先が神と呼ばれるのはちょっと違和感を感じる。
自分がキリスト教などを信仰していればなおさらだ。
靖国側は、もうちょっと柔軟な考え方をできればいいのにと感じた。

靖国に咲く桜

この作品を観てから、僕は靖国神社に足を運びました。
初めて靖国神社を訪れて僕は驚きました。門を入ってすぐに、桜の木がずら~っと並んでいて、またその桜の木1本1本に隊の名前と、命名された木の名前が書かた札がかかっていました。
国が国民が戦争に協力するようにするために立てたものかもしれないですが、今の靖国にはそういう国策ではなく、戦争で散った者達から「生きるということ」「命とは?」「家族とは何か?」
といった大切なものを感じることが出来る場所だと思いました。

靖国神社へ行ってきました

授業で扱われた靖国神社について、日本人の私が知らないことが多すぎる。そう思い、今年の初詣は靖国神社へ行ってきました。
靖国神社へ参拝する人の多くは私のような「普通の人」であり、一時期問題視された様子が一切感じられませんでした。

日本の今の姿があるのは戦争という過去があったからだと私は考えます。だったら、誰がどう参拝してもいいのではないでしょうか。世界の目は少し厳しいのではないかと感じました。

参拝

私自身、バカだし本末転倒なコメントを書いたらごめんなさい。
私のなかで死んで霊になってしまったら生前に何をしようと例え国が違っても同じこと、揺るがない事はその人達が戦い歴史を描き亡くなった事、だから現在の日本で私はこのように生きているという事。
墓前は感謝する所なんて誰が決めたのだろう、私はどこの国でも墓前は今の自分を報告する場だと考える。要はお辞儀は報告する形なだけであって、全てはその人の気持ち一つだから参拝する事自体に批判するのはどうかと思う。

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●このブログは、日本大学藝術学部(日芸またはNGと略)放送学科の授業の一環として設置しています。学外の方も自由に閲覧やコメントしていただけます。学生らの活動を厳しく、ただし温かく見守っていただければ幸いです。学生には「ブログ炎上も授業のうち」といってあります。

●ブログ開設は2006年ですが、1999年からマスコミ演習、マスコミII、放送特殊研究Vといった授業を担当しており、2005年以前のレジュメなど古いものも置いてあります。(坂本 衛)
 

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