テレビ報道を考える!! 日本大学 藝術学部 放送学科 「放送特殊研究V」ブログ

テレビ報道を考える!! 日本大学 藝術学部 放送学科 「放送特殊研究V」ブログ

開設:2006-05-25 (通年 4単位 3年以上 選択 江古田校舎 放送学科専門科目)

日本大学藝術学部放送学科「放送特殊研究V」(担当講師/坂本 衛)のブログ。2017年度のテーマは「放送・報道における日本語表現の研究」です。

スポンサーサイト --------

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

「ハノイ 田英夫の証言」 2009-06-19

●ハノイ 田英夫の証言

●TBS 1967年10月30日放送 

●当時TBSの田英夫が、西側メディアとしては初めて、アメリカ空爆下の北ベトナム・ハノイに入り、街や人びとの様子を克明に伝えた番組。

田は番組で、ハノイの人びとがほぼ定時の米軍の爆撃に対処する(たこつぼに避難したり、火災を消したり、負傷者を救助したり)するのを除けば、めげることなく貧しいが活気ある暮らしを送っており、彼らがが不思議な「微笑み」を浮かべているとレポート。米軍はハノイを破壊しつくすかもしれないが、ハノイの人びとは屈せず、アメリカはベトナムは戦争に勝つことはできないだろうと、強く示唆した。

結果的にその通りになったから、この番組は(西側)世界に先駆けてベトナム戦争の成否を問い、ベトナム戦争の帰趨を見通して、日本の報道の力を示した、戦後日本を代表する報道番組と言うべきである。当時の西側世界では最高水準の報道番組と言ってもいい。当時のTBSは「ドラマのTBS」であり「報道のTBS」で、要するに「民放の雄」だった。その象徴的な番組。

●以下は、坂本サイト放送お騒が史1960~1969から。1967年10~11月の3項目。

10/30 TBSが報道番組「ハノイ―田英夫の証言」を放送。キャスター自身が自分の取材・体験をもとにフィルムを流しながらスタジオから語るニュース・ドキュメンタリーで、西側テレビ初の詳細な北ベトナム取材報告でもあった。田は「北爆下のハノイ市民の表情に容易ならざる微笑を見たが、それがこれからの戦争の方向に大きな影響を持つだろう」と、アメリカはベトナム戦争に勝てないとの見通しを伝え、大きな反響を呼ぶ。

10/31 20日に死去した吉田茂・元首相の国葬(葬儀委員長・佐藤栄作首相)が日本武道館でおこなわれた。国葬は戦後初。25日の閣議では、国葬当日、各省庁は弔旗を掲揚し葬儀中の一定時刻に黙祷、公の行事・儀式その他で歌舞音曲を伴う行事を自粛、各公署・学校・会社でも同様の方法により哀悼の意を表することなどを要望する方針を了承。これによって31日のテレビ・ラジオから歌謡・演芸・クイズ番組などが一斉に姿を消したため、28日にマスコミ関連産業労組共闘会議が「政府による言論統制」として抗議声明を発表。

11/7 東京・平河町で自民党から幹事長・田中角栄、橋本登美三郎、広報委員長・長谷川峻、元郵政相・新谷寅三郎ら、TBSから社長・今道潤三、編成担当常務・橋本博、報道局長・島津国臣が出て「懇談」が開かれた(もちろんテレビ側が呼びつけられた)。自民党側は「どうして田英夫を北ベトナムに行かせたのか」「田が行けばああいう内容になるのは初めからわかりきっているはずだ」などと難詰。田英夫が日本ジャーナリスト会議の会員であることについても個人攻撃に近い言及があったとされる。

●これと、翌1968年3月のいわゆるTBS成田事件で、TBSに対する与党自民党・日本政府の圧力が爆発。TBSの報道は壊滅的な打撃を受け、TBSの報道局員は「真実の報道は死んだ」と全員が喪章をつけた。TBS成田事件の翌日3月11日、小林武治郵政大臣が今道潤三TBS社長に電話し、のっけに「お前は社長を辞めろ!!」と発言。木村俊夫官房長官もTBS幹部に電話し「これでお宅から一本いただいた」と発言。これも坂本サイトで読める。というか、坂本サイトでしか読めない。調べろ! 勉強しろ!

●田英夫は共同通信社の社会部・政治部出身(社会部長、文化部長などを歴任)で62年にTBS入り。『JNNニュースコープ』のメインキャスターとなり、キャスターニュースの先駆けとなったが、TBS成田事件後に降板した。TBSは「後世から見れば、西側世界で最高水準の報道番組」のスタッフを切り捨てて、生き残りを図ったとも言える。そんなテレビ局って何なのだという話になるね。90年代にTBSが「死んだ」のはオウムビデオ事件。このときは朝日新聞出身の筑紫哲也がTBSを代表して謝罪した。田も筑紫もいずれもTBS生え抜きではないことに注意。

●TBS成田事件で退社した連中が70年につくったのがテレビマンユニオン。彼らの浪人中の給料はちゃんとTBSが支払い、この会社はTBSの庇護下で成長した。『お前はただの現在にすぎない テレビになにが可能か』(1969年)の萩元晴彦・村木良彦・今野勉がそう。ウィキペディアにはテレビマンユニオンを「独立系制作プロダクションの草分けと位置付けられ、制作業界ではオピニオンリーダー的立場を担ってきた」と書くが、この意味では「独立系」などではなく、手厚い庇護を受けたモロ「TBS系」。また、TBSにいられなかった人びとが、そのことゆえにテレビ制作業界のオピニオンリーダー的立場を担ったわけ。その意味をよく考えなければダメだ。

●見せたのはモノクロの映像だね。YouTubeでカラー映像を見ることができる。興味がある人は探してごらん。

●冒頭、「あなたにとってベトナムとはいったい何ですか?」と、冷たい声で女子アナが聞くね。「突然なんなのだ、お前は。無礼じゃないか」といわれて当然の感じで、暴力的に聞く。まあ、当時の流行《はやり》というか、「あなたにとって日の丸とは」と、みんなやっていた。カメラは暴力装置であるという自覚の表明ね。後に見せる田原総一朗や原一男も、このことに自覚的。田原は政治家その他の話を暴力的にさえぎるだろう。あれは「キャスターは暴力装置である」という自覚の表明ともいえるわけよ。

●田は番組でクラスター爆弾の非人道性についても語る。40年前に、世界的に禁止という現在の方向を見通していたとも言える。そのような優れた点は多々あるが、ドキュメンタリーとして「これはどうなんだ」という場面もあるぞ。北ベトナム側の宣伝映像を断りなしに使っているとかね。そういうところを、疑いながら改めて見るという姿勢が超大事。

コメント

強烈な「個人」

冒頭で田英夫氏がスタジオに立ち、べトナム戦争への問題提起を落ち着いた声でありながらも力強く語る姿は一人の役者のように感じました。
そしてこの映像資料の最後で現地の人々の笑顔が映されますが、決してやらせのような雰囲気はなく、自然の笑顔がこぼれていたのではないでしょうか。
当時のテレビで時代に逆行する映像を流すのには反対意見もあったのだろうが、田英夫氏がその壁を破ることで潮流が変わったと思います。
当時のニュース映像も含め現在の報道でもこれほど強烈な「個人」が情報を伝えているのは、後にも先にも田英夫氏しか存在しないのではないかと思いました。

命がけの報道番組

「アメリカはもっとハノイの人の気持を考えるべきである」

田英夫氏のこの一言が印象的でした。

まるで、物心つくまえの子供に、母親が「もっと人の気持を考えなさい」と諭すような、そんな、単純な言葉です。
この言葉だけを聞いた人には、これが、とても、「戦争」を批判した言葉だとは思えません。

私はこの言葉から、戦争やそれに関わる国々に対する、田氏の「なぜ、こんな簡単なことが分からないのか」「なぜ、気が付かないのか」という、強い批判の気持ちを感じました。
今日の報道番組は難しい言葉で戦争を語るわりに、あそこまで、番組の意思、キャスターの意思・考えがはっきりと伝わってくるものはありません。現代のテレビに慣れている私が、「こんなことテレビで言っていいの?」とはらはらするほどでした。

田氏はじめテレビ局は、この報道をするにあたって、その後の日本政府からの圧力を見越していたと思います。つまり、ジャーナリストとして、命がけの番組です。
命をかけて作った番組。
これも、田氏の戦争に対する考え、また、番組のメッセージが強く伝わってくる理由であると思いました。





一人の人間として

ベトナム戦争について何らかの疑問を持つということはきっとだれにでもあることですが、それを一人のジャーナリストとして問題提起をするとなると、そう簡単なことではないと思います。テレビの力の恐ろしいところにつぶされてしまうかもしれない。でも田氏はそれにつぶされるどころか自分の力に変えてしまっている。今の時代に必要な力だと思いました。

▼ コメントをどうぞ!! すぐ上(既存コメントの末尾)に追加します。

表紙(最新ページ)へ

月めくり

≪≪ 2017-11 ≫≫
- - - 1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 - -

年月別の記事

内容別の記事

3.11巨大地震発生から

最近の記事10

最近のコメント10

主宰者から

日本大学藝術学部放送学科

●このブログは、日本大学藝術学部(日芸またはNGと略)放送学科の授業の一環として設置しています。学外の方も自由に閲覧やコメントしていただけます。学生らの活動を厳しく、ただし温かく見守っていただければ幸いです。学生には「ブログ炎上も授業のうち」といってあります。

●ブログ開設は2006年ですが、1999年からマスコミ演習、マスコミII、放送特殊研究Vといった授業を担当しており、2005年以前のレジュメなど古いものも置いてあります。(坂本 衛)
 

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。