テレビ報道を考える!! 日本大学 藝術学部 放送学科 「放送特殊研究V」ブログ

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開設:2006-05-25 (通年 4単位 3年以上 選択 江古田校舎 放送学科専門科目)

日本大学藝術学部放送学科「放送特殊研究V」(担当講師/坂本 衛)のブログ。2017年度のテーマは「放送・報道における日本語表現の研究」です。

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水俣─患者さんとその世界─(土本典昭監督)後半 2009-10-09

●「水俣─患者さんとその世界─」は土本典昭の代表作。もう一本と言われれば「ある機関助士」(1963年のデビュー作。国鉄のPR映画だが、カネを出させた国鉄の意図とはかけ離れた名作。最高のSL映画との呼び声も)だと思うが、もっともこだわったのが水俣。《医学としての水俣病》三部作 (1975)はじめ20本近い映像作品を残した。

●土本典昭は、その目指す「未知のドキュメンタリー」を、「(1)歴史的な尺度での人間への信頼、(2)映画人としての独立。(3)そして何より、科学をもって四囲のデータをかため、その科学を表現としての芸術に高める」ことによってのみ到達できると定義。自らの映画づくりに、以上3点の条件を厳しく課した。土本は「いわゆる通常TV局の客観的報道なるもの、Aの意見、Bの意見をならべるといったものと画然と区別されるファクターは、右の3点のほかに、両者ともに正負にせよ関係を持続しぬく覚悟であろう」という。

●土本典昭に、水俣との関係を持続することを覚悟させたものは、65年にテレビ取材で水俣を訪れたとき、患者家族が土本にぶつけた「なして撮るか」「撮ったって少しも体がよくならんばい、この子は。人を見せ物にして」という言葉だったとされる。この言葉に衝撃を受けた土本は、水俣で家を借り、本格的な撮影を開始する。その最初のまとめが、この映画。「よりそう」という言葉があるが、それとは違う。カメラを担ぐ者の、そのことによる関係性の構築というか、カメラを持ってそこにいて彼らに会いたいというか。



↓こんなのも読んでみるといい。

土本典昭の100年の海へ



《坂本が授業で言ったこと》
●最初は港の魚を食った猫が、狂ったように飛び跳ねたり、よろけたりして死んだ。小さいものが大きいものに食われるという「食物連鎖」を知っているだろう。汚染物質は最後に食った者に大量に溜まる。それが猫や人間だった。

●神経症状が出るので、患者が忌み嫌われ、ひどい差別を受けた。患者の家族という理由で離縁された女性が映画に出てくる。水俣の周辺地区では、魚が水俣同様に売れなくなるという理由で、同じ症状の患者発生が隠匿された。たとえば東京のヤツは関係ないと思っているわけ。いちばんひどい患者差別は、当の水俣で起こるんだよ。

●70年代まで患者発生が続いたことや裁判の経緯から、国・県による原因究明、対策、補償が話にならないほど遅れたことは疑いない。そういうデタラメな国、無責任な国、貧しい国が日本だ、ということを忘れるな。

●映画に出てくる胎児性の子どもは、私(1958年生まれ)と同い年くらいだ。ただ水俣湾のそばに生まれ、おっ母さんが港に上がる魚を食っただけで、目が見えず、まっすぐ歩けない。大昔の話ではない。私と同世代、諸君の両親と同世代で、いまだに苦しんでいる人がいる。そういう「事実」を自分の視野に入れておけ。

●映画は静かな海の、漁師の小舟から始まる。タコを採ってるじいちゃんも出てくるね。若い患者の遊ぶ場面や、胎児性の女の子(たぶん坂本とそう変わらない歳だ)が、ほかの子どもが遊んでいたり生活感ただようなかで、なんというかひょろひょろと歩くシーン。直接、病気がどう原因企業がこうでと言わない、ああいうシーンが(私の場合は)目に焼きついた。この作家も「これだ」と思い「おおっ」と感動しながら撮ったんじゃないか。間違っても単なる公害告発映画と思わないように。

《坂本が授業で言わなかった追加》
●水俣病患者の不幸は、イケイケドンドンの高度経済成長の犠牲になり、見捨てられ放置されたというだけではない。「公害とは階級問題である」と主張するようなバカどもに利用され、患者救済運動が反政府運動のようになりすぎた面がある。あまり指摘されないが(何しろ救済運動側の責任大という主張だから)、そのことが問題をこじらせ、解決を遅らせたことは否定できない。検証が必要だ。

コメント

取り残されてしまった世界

この映画を観ることができたことが非常に嬉しかったです。当時のキネマ旬報ベストテンに選ばれている作品でありながらレンタル化されておらず以前から観てみたい映画でした。
しかし、そうした浮かれ気分も映画が始まると一瞬のうちに消え去り、高度経済成長で様変わりを続ける日本の中で、時代から取り残されてしまった世界が広がっていました。そこには「村」という存在が色濃く残されており、水俣病の子供を表に出さず、病気であること自体を否定する家族の姿が非常に切なく身につまされる思いでした。方や水俣病であることを世間に向けて発する家族の意志の強さを感じました。そして最後に、いつもと変わらないように漁へ出かける人々の姿は、現在の環境のなかでも必死に生きていかなければいけない現実が映されており、水俣病というものが身近な存在だということを印象付けたと思います。

穏やかな場面、悲惨な現状

冒頭のタコを採っている漁師の姿が印象的でした。
悲惨な事件を扱ったドキュメンタリーのはずなのに、どこか穏やかに見えました。
公害と知らずに亡くなった方々、企業・国を糾弾する者。
途中、白装束で企業の役員に詰め寄る場面では、その気迫に恐怖を覚えました。
ただ、事実を知りたかっただけかもしれない人々。
その行動がどんどんエスカレートしていく様子に、ある種の扇動があったのではないかと疑わずにはいられませんでした。



水俣病は現代の病である。

 水俣病は私が感じていたよりも最近の出来事なんだと、当たり前の事を思ってしまいました。
 私にとって、水俣病は教科書で習う、歴史の様な感覚になっていました。水俣湾の魚の安全宣言が出されたのは13年前。あまりにも最近で、現在も続く病であることを実感させられました。

 タコ獲りじいさんの姿が印象的でした。
 お爺さんは、自分が潜っている海や捕ったタコが、水銀に汚染されていることを知っているはずだし、自分の目で発病した患者を何人も見てるはず。それなのに、海に潜り続け、タコを取り続ける。おじいさんの、今後の病の進行を考えてしまい、目が離せなくなる映像でした。

 患者さんの映像は、目を覆いたくなるものでした。あの状況を無いものとできる人間に恐怖を感じます。
 公害と差別が結びつくこと、患者さんは同じ水俣の人から一番の差別を受けるという事実も、映像を見て初めて知りました。

差別ではなく人間の心の奥に迫る映画

強烈な印象を受けた映画でした。

まず、土本監督が並々ならぬ努力をして被写体と関係性を築いていることに驚きました。水俣病患者にとって、カメラを向けられることはどう考えても心地よいことではありません。
方言で力強く語られる言葉を引き出すには、「親しい仲」とは全く違う「撮る側と撮られる側」の正しい関係性を作り上げたのだと思います。

また、もっとも印象的なのはチッソの株主総会(だったと思います)に患者たちが行ったシーンです。
先生がおっしゃるよう、こどもがひょこひょこと歩くシーンこそ言葉で説明がいらない映画的表現だと思います。が、ここでのシーンもまた映画でしか語れない凄み、味があります。
幹部たちに押し寄せる患者の遺族たち。「親を殺された気持ちがわかるか」とひたすら叫びながら迫るのは胸にくるものがありました。

この映画は表面だけをうっすらなでる差別告発映画などではなく、もっと深い人間の心に触れる作品だと感じました。

悲しみを繰り返さないこと

賠償金を受け取ったらもう国を訴えられなくなる、という話に衝撃を受けました。
わたしがもし被害者の家族だったらお金を受け取り負担を少しでも軽くすることを第一にしてしまうなと思いました。
ただの一般市民なのだから大きな社会という敵に向かうより身近な家族を守ることを私は選ぶと思います。
なにが正しいのかわからないけれども、歴史を学ぶ意味は同じ過ちを繰り返さないということだと考えているので、この問題に立ち向かった被害者家族の方々に現代をいきる私たちは感謝しなければいけないなと思いました。

原因は人間ではないのか

中学の頃、水俣病について教科書にありましたが、恐ろしい病気としか印してなく、映像をみて気持ちが悪くなってしまう程衝撃的なもので、信じられない気持ちと、かなりオブラートに包まれた教材であったのだと、感じました。


猫など弱い生き物から影響を受ける。
自分達で撒いた種であり自分達にもふりかかる。


病気の原因の大抵は人間にあるのでは、と考えてさせられました

もっとも

もっとも苦手な分野、水俣病。

高校生のころに、軽い気持ちで興味を持って、しばらく苦しんだくらいですから。

何ともまぁ・・・恐ろしいやら悲しいやら。。。

有機水銀が原因だったのですよね?
鉛が原因で、セーヌ川沿いの女性の髪の毛が変色した、なんて話は聞いた事がありますが、比にならない悲惨さです。。。嫌いな理由は少し「うわぁ・・・」って思ってしまう自分が嫌いになるから、なのかもしれませんね。

しゃべり方

時代のせいなのか地域のせいなのか、登場する人たちのしやべり方がとても独特だなぁと感じました。それに対して被害者の遺影がぽんぽんと出てくるあたりが、水俣病の恐ろしさをより際立たせているように思いました。

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●ブログ開設は2006年ですが、1999年からマスコミ演習、マスコミII、放送特殊研究Vといった授業を担当しており、2005年以前のレジュメなど古いものも置いてあります。(坂本 衛)
 

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