テレビ報道を考える!! 日本大学 藝術学部 放送学科 「放送特殊研究V」ブログ

テレビ報道を考える!! 日本大学 藝術学部 放送学科 「放送特殊研究V」ブログ

開設:2006-05-25 (通年 4単位 3年以上 選択 江古田校舎 放送学科専門科目)

日本大学藝術学部放送学科「放送特殊研究V」(担当講師/坂本 衛)のブログ。2017年度のテーマは「放送・報道における日本語表現の研究」です。

スポンサーサイト --------

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

東京オリンピック (市川崑)その2 2008-10-10

●東京オリンピック/Tokyo Olympiad

●監督/市川崑

●1965年(カンヌ国際映画祭国際批評家賞)

●170分

●以下は、2回に分けての上映中に、暗がりの中で坂本が書き留めたメモから。駆け足のメモなので、思い違いなどもあるかも。気づいた人は訂正して。

・破壊と建設、高度成長のイメージ。
・ギリシャで聖火の採火。「ボッ」て音は、アフレコの効果音。あんな音、するわけない。
・広島の空撮。レニを連想させる雲のシーンあり。レニそっくり。
・聖火を見物する群衆。後ろからの映像。足下アップのジャンプ。レニ(「意思の勝利」でヒトラーを待つ若者たちの映像)そっくり。
・京都? 瓦屋根の上からの映像は、日本画風でおもしろい。
・富士山の裾野を行く聖火。有名な「やらせ」シーン。現実の聖火ではなく、煙を大量にはく特別製トーチによる「再現映像」。
・有楽町の旧都庁。
・選手入場。名調子はNHKアナ、実況中継時のもの。
・ドイツの足下アップ。カメルーン、コンゴも二人だけ。ソ連の赤いハンカチ……。
・聖火入場、点火。「ボッ」て音は、アフレコの効果音。あんな音、するわけない。
・太陽を背にする聖火台。同じ映像がレニにもあった。そっくり。
・鳩の飛ぶ音うるさすぎ。むろん効果音。
・100m男子決勝。部分のアップ映像はレニ的。スローモーション映像にナレーションがピタリ合う。つまりアフレコ。
・走り高跳び。背面跳びが、この時代にはない。米ソの仲良し対決。
・男子砲丸投げ。玉をこねくり回すコミカル映像。早回し?
・女子砲丸投げ。一瞬顔のアップで止める瞬間あり。
・棒高跳び。スロー映像。さまざまな方向、角度から。わざとらしい応援シーン。全体を通じてとてもレニ的。
・ハンマー投げ。雨。モノクロ。スロー。ハンマーを回収する裏方を描く。
・やり投げ。
・三段跳び。
・女子80mハードル。
・400mリレー。
・プレスセンターの様子。
・男子幅跳び。
・女子ハードル。日本選手に注目。効果音(口笛、でんぐりがえしする音)は全部アフレコ。
・チェコ女子体操チャフラフスカの有名なシーン。(踊りの)バレーか何かのような美の追求。
・体操の床運動などで、あり得ない音(手をついたドスッ、足のキュッキュ、体を回すときの音、着地の音など、過剰なアフレコ)
・吊り輪のキュッキュッという効果音。
・山下跳び、遠藤幸雄の活躍。鉄棒で大回転の風きり音。ありえん。
・チャド選手。唐傘を持たせる演出。足音(効果音)。※2004年のディレクターズカット(市川崑の再編集)では、創作がすぎたとの理由でチャド選手のエピソードを丸ごと削除。
・選手村風景、練習風景。
・選手村の夜。レストラン。コカ・コーラ。
・水泳(男子100m自由形、女子背泳ぎ決勝、400mメドレーリレー。アンカー映像は早回し?)
・女子100m自由形決勝。
・重量挙げ。足下のアップ、重さ調整の様子。
・レスリング男子。音楽の効果。映像との連動。
・ボクシング(フェザー級決勝)。ボクシングは全編モノクロ。なぜか? 長い廊下を歩く選手とセコンド。ボクシング物語の1シーン風。
・フェンシング。
・柔道、ヘーシンクの無差別級優勝。顔のアップ。
・フリーライフル。
・自転車。八王子の山の中の風景。東京郊外と思えないのどかさ。
・サッカー決勝。キック音はアフレコ。
・乗馬、バスケ、水球。
・このあたり、とりあえず種目だけ駆け足でぶち込んでおくという印象大。各種競技団体の要請があって、まったく触れないわけにも行かず、とりあえず触れました、盛り込みましたという感じ。※2004年のディレクターズカットでは、仕方なく入れた競技を省いてある由。
・インド・パキスタン宿命の対決。
・女子バレーボール。東洋の魔女。追い上げるソ連。繰り返されるマッチポイント。優勝決定後の、大松監督の孤独な姿。「俺についてこい」
・相模湖のカヌー。レニの冒頭の1シーンを思わせる、きらめく水面。
・ボート。
・ヨット。
・競歩。ユーモラスな尻の動きを強調。笑う子ども。
・近代五種。モノクロスチール写真での紹介。
・肩を痛めた一人の選手。ナレーション「4日目の水泳、この選手だけは平泳ぎで泳いだ」
・マラソン。アベベの力走。給水所のユーモラスな風景。レニとよく似ている表現。ゴール後、ピンピンして体操するアベベ。円谷、ラストで三着落ち。意識がほとんどないのではという、ギリギリのゴール。
・閉会式。感動的なエンディング。
・聖火のボーッと燃える効果音が小さくなっていき、消える。



コメント

2016年も東京で

これは、ドキュメンタリーなんだろうか?と思った。
人それぞれ 定義があるんだろうし この映像がドキュメンタリーか否かはさておく。

正直な感想としては面白かったですね。
選手の一瞬、一瞬の躍動が伝わってきた。

ドキュメンタリーとは、記録ではないのだと思います。
監督には、その場にいた人たちには、こう見えたのかも知れません。自分の体を通して見る事は、無意識のうちに景色を演出することだと思います。
だから、必然的にこういう作り方になったのではないでしょうか。

東京オリンピック

確かに。選手の息づかい、手足の筋肉の動きなどが躍動的に表されており、それが美しく感じた。

聖火の音や演出的なことも、現代人からすれば違和感を感じるのであろうが、当時の人にとっては「オリンピックとはこのように感動的なものなのか。」「こんなにもスゴイ演出がなされているのか」という情報を伝えるような、まさにドキュメンタリーだったのではと思う。

もし2016年に東京オリンピックが開かれたら、視聴者はハイビジョン放送で美しい映像、ダイナミックなサウンドによりリアリティーを体感できるだろう。
こうなったとき、余計な演出、やらせはバレやすい。どういう演出で見せるか、何をどう伝えるか・・・ドキュメンタリーは作る側も見る側にとっても、より面白くなっていくと思う。

情報を正しく伝えることは難しい。何が真実なのかは誰にもわからない。
目で見、耳で聞き、体で感じたありのままを如何にリアルに視聴者に伝えることができるか、であると思う。

私の思うドキュメンタリーとは・・・(上記)を再認識した作品であった。

東京オリンピックが開かれた時、父は小学生で、
この映画を映画館に見に行き、年数が経った今でも
とても感動したのを覚えていると言っていました。
当時を知っている人にとって、この映画はとても感慨深いもののようです。

内容は、「オリンピア」を連想するところが多々あり、
いかに影響を受けているかがわかりました。

初めの方が書いていらっしゃるように、ドキュメンタリーと演出は、
どこまで許されるのか微妙な問題だと思います。
当時、オリンピック協会も記録映画なのかと首をかしげたと聞きました。
しかし、単なる記録映画だったら、ここまで感動を呼び、後世まで
語り継がれることはなかったと思います。
ドキュメンタリーはありのままを見せるものではなく、
ディレクターの目を通して見えた世界を見せるものだと、
改めて感じた作品でした。

【寺本 麻美】

東京オリンピック

東京オリンピック

視聴する前から以前見たレニの『オリンピア』のオマージュと聞いていたのでどの点がそうなのだろうと気にして見た。
確かに要所要所で「まったく同じだな」と思う所はあった。しかし『オリンピア』でもあった背伸びして見る人の足下アップ、楽しそうに笑う子供や老人の顔のアップなど、もし私がカメラマンならそのような人の感情を表す仕草など見つけたら是非とも撮ってみたいし、ディレクターや編集マンが渡されたVTR(フィルム)の中にそのような画を見つけたら自然と使いたくなるだろう。
オリンピアをまったく意識しなかったとは言えないが、彼らはレニのまねをしたのではなく完成度を求めた結果似てしまった部分が出来てしまった様に思える。ハイクオリティを求める事は制作者としては極自然の事である、それに『東京オリンピック』は『オリンピア』との差別化も考えて創られている様に思う。
その理由の一つに、レニの作品ではあり得ない角度をも多分に使い競技シーンを撮影しているのに比べこの作品は競技内容自体ではなく選手の様子をおさえる事に力を入れていると感じた。
砲丸を投げる前の選手の祈り(癖?)、試合前で落ち着けずしきりに辺りをうろつく選手の姿、投擲前のまるで男の様な険しい顔と投擲後の女性らしい歩き方、一位でもないのにずっと同じ選手を撮り続けスタートや抜く時抜かれるときの様子とスパートの瞬間をおさえるなど。
必要以上にアップの画が多いのは選手の表情からその人の心情をすくい取ろうとしたのだろうと分かる。しかしそのせいで選手・競技姿の全体像が把握しきれない所が多くあったため「今のどうなっていたの」と気になりストレスが溜まる。
また、撮影方法がまだ確立されていないのか、カメラが重くて上手く動かないのか、オリンピアもそうだったが何を伝えたいのか、撮りたいのか分からないシーンが多い。
なぜそこでズーム、引きの画に変えるタイミングがおそい、そんな画はいらない、と心の中でなんども思ってしまう。映像技術の講師が見たら怒り心頭しきっと血圧が上がって倒れてしまう事だろう。

しかし、だからこそ私は現代の技術でまた同じ様に選手の様子をおさえる事を意識して創ったオリンピックの作品を見てみたいと思った。現代では「東京オリンピック」の映像作品に当時の様な観客動員数日本映画史上最多と言える程の社会的に話題になるほどではないだろうがきっと私たちの知らない『オリンピック』見れるはずだ、と感じた。

▼ コメントをどうぞ!! すぐ上(既存コメントの末尾)に追加します。

表紙(最新ページ)へ

月めくり

≪≪ 2017-07 ≫≫
- - - - - - 1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31 - - - - -

年月別の記事

内容別の記事

3.11巨大地震発生から

最近の記事10

最近のコメント10

主宰者から

日本大学藝術学部放送学科

●このブログは、日本大学藝術学部(日芸またはNGと略)放送学科の授業の一環として設置しています。学外の方も自由に閲覧やコメントしていただけます。学生らの活動を厳しく、ただし温かく見守っていただければ幸いです。学生には「ブログ炎上も授業のうち」といってあります。

●ブログ開設は2006年ですが、1999年からマスコミ演習、マスコミII、放送特殊研究Vといった授業を担当しており、2005年以前のレジュメなど古いものも置いてあります。(坂本 衛)
 

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。