テレビ報道を考える!! 日本大学 藝術学部 放送学科 「放送特殊研究V」ブログ

テレビ報道を考える!! 日本大学 藝術学部 放送学科 「放送特殊研究V」ブログ

開設:2006-05-25 (通年 4単位 3年以上 選択 江古田校舎 放送学科専門科目)

日本大学藝術学部放送学科「放送特殊研究V」(担当講師/坂本 衛)のブログ。2017年度のテーマは「放送・報道における日本語表現の研究」です。

民族の祭典(オリンピア第1部)/FEST DER VOLKER-OLYMPIA TEIL I その2 2008-05-16

●民族の祭典(オリンピア第1部)/FEST DER VOLKER-OLYMPIA TEIL I

●ドイツ、1938年(ヴェネツィア国際映画祭金賞)

●監督:レニ・リーフェンシュタール

----------------------------------------------------------

※以下、全面的にネタバレです。ご注意

●坂本メモ(内容というか、あらすじ。★は坂本の意見または注釈)

(A)タイトル~導入部

荘厳なファンファーレ。「オリンピア」の題字。「オリンピック・ベルリン大会記録映画」「クーベルタン男爵に捧ぐ」「全世界の若者の名誉と栄光のために」の文字。いずれも石彫風。

ギリシャ遺跡(オリンピア遺跡? パルテノン神殿?)。朝もやの中から、夜明け、朝・昼の光。
★なめらかな移動撮影。空を見上げるアングル。

石彫の顔アップ。ヘレニズム風彫刻の人体像または神像。ルネッサンス的な肉体賛美。
★光と影の巧みな使い方。スモークの効果。逆光のシルエット映像。

円盤投げの彫刻が、同じポーズで重ねた人間の映像に置き換わる。古代スパルタ風の、ほとんど全裸(陰部を小さな布で隠しただけ)の男が、円盤を投げる。続いてやり投げ、砲丸投げ。

女たちの玉投げ。ロープにリング。若い女たちもほとんど全裸。やがてダンス。美しい牧歌的な音楽。光きらめくそよ風のなかの草原や水面を背景に。

女たちのダンスが太陽讃へ。太陽が燃え上がる炎に置き換わる。ファンファーレ。その火の中から、男がトーチを掲げ、走り出す(★一部スタジオ撮影?)。遺跡のなかで次の走者へリレー。海岸を走る。やがて聖火は、街へと駆け下りていく。人びとの声援のなかをリレー。走者は上半身裸。

ギリシャの地図。聖火リレーがたどった国(国・都市の名、国旗、空からの絵)が次々と現れる。ギリシャ→ブルガリア→ソフィア→ユーゴスラビア→ベオグラード→ハンガリー→ブダペスト→オーストリア→ウィーン→チェコスロバキア→プラハ→ドイツへ。ドイツの空撮→スタジアム全景→ワシに五輪マークの鐘の音→ファンファーレと人びとの歓声。

★ここまで、ムチャクチャ長い。15分ほど。まだかまだかと気を持たせ、期待を膨らませる。とにかくキレイ。あの時代に堂々とおっぱいを出す映像はすごい。

(B)スタジアム~選手団入場~開会宣言~聖火入場

大会ファンファーレ。各国国旗掲揚。英・日・ドイツ(?鉤十字ではない。★モノクロなので、よくわからん)・五輪旗。スタジアムの観客映像が挟み込まれる。「ハイル・ヒトラー」のスタイル(手を掲げる)の観客のカットも(★一斉にそう言ったかどうかは不明。ヒトラーの入場時や大会開会宣言時の映像を、入場シーンに挟み込んだのかも)。

選手入場。ところどころに「ハイル」の手の観客映像。ギリシア、スウェーデン、イギリス、インド、日本、アメリカ、オーストリア→(ここで「ハイル」の手、ヒトラーのアップ)→イタリア→フランス→スイス(国旗を振り回し陽気)→大会主催国ドイツ(ドイツの旗は鉤十字=ハーケンクロイツ。観客の大歓声。ヒトラーのアップ。隊列に親衛隊も?)

ヒトラーによる開会宣言。帽子は取っている。満足げ。

大会ファンファーレ。祝砲。はとの群。はとの群から重ね映像でベルリン市内に入った聖火リレーに転換。ゲート通過。ファンファーレと大歓声。フィールド内を走る。音楽は、ギリシャ遺跡から走り出すときに流れた音楽。聖火台に点火。「ボワッ」と火が着く音。
★おそらくあんな音はせず、また、うまく同録できないはず。つまり、後からかぶせたアフレコ=after-recordingだろう。

音楽は合唱に変わる。競技場に夕暮れが迫る。そして、聖火台に燃える火と太陽が重なり、そのアップ映像。
★開会式中の実時間とは考えにくい。たぶん別撮り映像。

(C)各国報道~競技

空にかかる(ゲート間に渡した五輪マーク)。いよいよ競技開始。各国アナウンサーたちが、それらしい服装で、「いよいよ競技開始です」というようなことを言う。
★光が人工的で、ピントが合いすぎ、不自然。何か言ってから双眼鏡を覗くのも、いかにも演出っぽい。別撮り映像。

(1)男子円盤投げ

まず米カーペンター、ついで独、ノルウェーの選手が投げるシーン。「ギリシャのシラス、47メートル75」というようなナレーションはアフレコ(★以下、全編にわたって同じ)。歓声もほとんどはアフレコ。

影を映す、おもしろい映像。スローモーションの多様。「USAカーペンター」の観客連呼もアフレコ。カーペンターが金メダルで星条旗。

★言うまでもなく、スローモーションシーンなのに普通に聞こえる音声は、すべてアフレコである。映画最初の金メダル・国旗・国歌はアメリカで、さすがアメリカに気を遣った感じ。ただし、最初にこの競技を選んだのは、レニの趣味だろう。導入部も円盤投げから入っている。

(2)女子円盤投げ

独マウエルマイヤーの次が児島・ヤーパン(日本)。ポーランド選手のシーンは、やや早回しでユーモラスに描く。峰島・ヤーパンも登場。ただ、日本選手は記録こそ論外だが、二人のアップシーンあり。ポーランドのバソウナは、今度はスロー映像。マウエルマイヤーの最後の投げもスローで、「オリンピック新記録!」。

(3)女子やり投げ決勝

やりの握りを確認したりする走り出し直前のシーンと、実際に助走して投げるシーン。
★切り張りでつながっているが、微妙に違う感じ。別撮りだろう。

(4)女子80メートルハードル

予選を、スタート地点真後ろからゴールに向かって撮る(★「こんなのもやってます」って、息抜き映像。だが、映像としてのおもしろさ、あまり見ないアングルを、明らかに狙っている)。レースから競技場観客席へパン。聖火台越しに見るレース(★撮りたいのは聖火台)。決勝はイタリアのバッラが制す。表彰台シーン(★伊ムッソリーニも、ここらで喜ばせておく)

(5)男子ハンマー投げ

フェンス周囲をぐるりと回って撮る(★『意志の勝利』のユーゲント大会でヒトラーを撮ったのと、まったく同じ手法)。回転する足許のアップ。国柄がにじみ出た応援団映像がはさまれる(★別撮り映像かも)。
スローモーションの多用。独ハインの記録に喜ぶヒトラー。地面に置かれたハンマーのアップ→握る手のアップ→上半身のアップ(★肉体美を撮りたい。顔や国は関係ない)。ハンマーが落ちる場所・瞬間のアップ(★ありえない映像。実際の競技中に、そんなの撮れるはずない)。ドイツが1位2位独占。喜ぶヒトラー。鉤十字の掲揚。

(6)男子100メートル

米黒人のオーエンス、断トツに早い。当時の短距離走は、スタート台がなく、土に穴を掘るだけ。ファウルで「なんだよ」という感じの映像。次のレースでオーエンスは10秒2。世界新だが追風のため未公認。(★「USA USA オーエンス オーエンス」と応援するのは、たぶんアフレコ・後挿入)。決勝もオーエンス。アップ映像。

(7)女子走り高跳び

カメラを地面スレスレに置き(穴を掘って設置したかも)、上から見上げる映像。さまざまな角度からの映像。顔が切れて足先まで映っている映像(他の競技でも出てくる。★顔には興味がない)。ハンガリーが初金メダル。

(8)男子砲丸投げ

独ベルケのアップ→心配そうなヒトラーのアップ→16メートル20で逆転優勝→ヒトラー大喜び。

(9)男子800メートル決勝

1位は米黒人ウッドラフ

(10)男子三段跳び

日本の得意種目を、大島、田島、原田とスロー映像で紹介。田島は15メートル76のオリンピック新記録。喜ぶ日本人。再び田島。日本応援団の田島コール。超スローのアップ映像。16メートル00の世界新記録で優勝。日の丸の扇子を振って喜ぶ日本人。初の君が代。月桂冠をかむる田島の顔アップ。各国の旗の列で、日の丸をもっとも大きく撮す。
★同盟国日本の頑張りに、たいへん好意的だ。

(11)男子走り幅跳び

米オーエンスのスロー映像。続く独ロングに、双眼鏡を持つヒトラーは「よしよし」という感じ。結局、オーエンスが金メダル。米独日の旗(田島が銅メダル)。

(12)男子1500メートル

ニュージーランドのブロックがカニンガム、ベッカリらとの激闘を制し、3分47秒の世界新で優勝。

(13)男子走り高跳び

足の影、足をほぐすアップ、バーの高さを測る、土をならすなど、変わった映像から入る。日本・朝隈、矢田、田中らが頑張るも、米ジョンソンらが金銀銅独占。タッタッタと走る音は、アフレコ。見上げる映像、スローモーション映像を多用。なお、当時は背面跳びはない。また、マットではなく砂場に落下する。

(14)男子110メートルハードル

準決勝で「選手は右から誰某。××のライバルは△△。××が並んだ。××が1着でゴール」と実況ナレーションが入るが、スローモーション映像だから、実はヘン。決勝は、今度はやや早回しっぽい。同じようにナレーションが入る。

(15)男子やり投げ

スタート、助走、投擲、やりの行方を確かめながらサークル内に身体を残す、その残し方を丁寧に撮る。投げて、放物線を描くやりを撮る。スローモーション映像に、応援のかけ声が入る。独選手の上半身アップには、鷲に鉤十字のマーク。ドイツが優勝し、喜ぶヒトラーとゲッペルス。

(16)男子1万メートル

前半は日本の村社がトップ。日本応援団のアップ。一目インド人とわかる女性観客のアップ。先頭集団が周回遅れの選手を抜き、「インドのシンは周回遅れ」のナレーション(★インド女性は、後から別撮りかも)。やきもきして貧乏ゆすりをするヒトラー。小柄な村社は勇敢に頑張る(というようなナレーション入る)が、結局フィンランド3選手が抜き、彼らが金銀銅独占。

(17)男子棒高跳び

地面すれすれからの、普通ではありえない映像(穴を掘った)。この時代、棒高跳びもマットはなく、砂場に落下する。影だけを映す。バーのすぐ脇から、バーに近づき、越え、落下していく選手に焦点を合わせて撮る。だんだん日が暮れてくる。選手の識別ができない逆光映像→聖火→雲に隠れる太陽。夜景。
「決着つかず、5時間の勝負。アメリカ3選手と日本2選手の戦い」というナレーション。以下、真っ暗な中での棒高跳び競技。

★選手に各方向から、競技中ではありえない光線が当たっている。つまり、以降は実際の競技の様子ではなく、再現または「やらせ」映像である。観客も日本応援団・アメリカ応援団それぞれ再現したものと思われる。これから走り出す選手の競技中としては近すぎるアップ、スローモーション映像に入る声援(たとえば西田コール)なども、後からの挿入映像である証拠。応援団以外、一般観客が映っていないのもヘン。高さ表示を変えるシーンでは、背景に(いくら暗いといっても)観客席が映るはずだが、空っぽではまずいということで、スモークを焚いている。

最後は、西田と米メドウスの勝負となり、西田が失敗。「力尽きた」のナレーションに続き、メドウスが跳んで「成功!」。大喜びする米応援団。二人の握手シーン。メドウスの顔のアップから、星条旗のアップへ。

★以上も再現映像。レニによると、「暗くてうまく撮れなかったので、頼み込んで再現してもらった」。このように、ドキュメンタリー映像では、撮影される対象と作り手が示し合わせて、「ありえない映像」を作ってしまうことがある。現在のテレビでは、「本人による再現」というように断るのが普通。

(18)女子400メートルリレー

五輪旗。観客。「予選でドイツが世界記録」のナレーション。スタートからドイツが爆走。映像は早回しっぽい。立ち上がり、身を乗り出すヒトラー。隣のゲッペルスも立ち上がる。「2位との差がぐんぐん開く。優勝確実」のナレーションの直後、最終走者がバトンを落とし、「なんと、バトンを落としました」。ヒトラーは座り、「なんてこった、残念」というように膝を叩く。

(19)男子400メートルリレー

米第1走者はオーエンス。ムチャクチャ早い。記録は39秒8でアメリカ優勝。
★映像は早回し(というか、カットをところどころ抜いている)。40秒弱なければならない映像が、34~35秒分くらいしかない。

(20)男子1600メートルリレー

イギリスが勝ち。

.(21)男子マラソン

ファンファーレ。スタート時の足のアップ。「優勝候補はナンとソン、ヤーパン」のナレーション。スタジアムを出る。前回優勝のアルゼンチンのサラバがトップ。伴走する車から選手をとらえる映像。ドイツ放送局8キロ地点の中継(っぽい)映像(★後から別撮りした可能性大)。ソンは3位通過。走る選手の映像は、ややスローに見える。やがて、疲れるサバラ。

給水ポイントの映像。歩く選手。顔をぬぐう選手。ゆっくりと休み休み水を飲む選手。

35キロ地点の中継(っぽい)映像。「サバラ棄権。ソン・日本がトップ」のナレーション。沿道の日の丸。ソンの力走。ややスローのアップ。

あり得ない、こんな映像。通り過ぎる麦畑、木々など。走る影。上半身裸で走る「謎の男」のアップ。近すぎる顔のアップ。腕から握り拳のアップ。選手から見た、走る足許の一歩一歩の映像。緊迫感、過酷さを演出する音楽。
★いずれも、別撮りの挿入シーン。選手(ソン本人に頼んだとも)に首からカメラを提げてもらって撮ったりしている。

競技場が近づき、ドイツ軍によるファンファーレ。ソンの入場。日の丸を振る日本人。ナレーション「マラソンの優勝は、ソン、ヤーパン」。ナンも3位。

続々ゴールする選手たち。名前が出て、マトモなのは6位くらいまで。あとは、ゴール後のうつろな表情。ピンが合ってない疲れ果てた選手の表情(★かえって臨場感あり)。フラフラでたどり着く選手。ゴールと同時に倒れ込み、そのまま担がれていく選手(★やりすぎと思われるほどの、過酷さの演出)。

表彰台。日本が1位と3位。月桂冠を深くかむったソンは、終始下向き(★むろん、喜んでいるようには、まるで見えない。ソンもナンも、日本の植民地・朝鮮出身の朝鮮人であって、日本人ではなかった)。君が代(★彼らにとっては屈辱の、サイテーの日の丸であり君が代だった)。この映画で、国歌が全曲(カットなしで)流れたのは、このシーンの君が代のみ。

(D)閉会式~フィナーレ

聖火に五輪旗の映像。閉会式。音楽は合唱に。各国の旗が振られるマスゲーム。鐘の大映し→五輪マーク→競技場→その空に五輪旗→五輪旗のアップ。

内容メモは以上

コメント

記録でない記録映画

北京オリンピックの開会式で、
中国の歴史を表現している演出を見ながら、
この映画のことを思い出しました。
この映画には、政治の宣伝道具という批判もあったようですが、
それを差し引いても、その存在価値は十分にあり、
とても70年前に撮られたものだとは思えない高い技術力に驚きました。


マラソンや棒高跳びの有り得ないアングル・別撮り映像等、
現在ではとても考えられない演出ですが、
そんな映像があるからこそできた完璧な芸術作品であり、
そうした制作方法も「有り」なのではないかと思ってしまいました。
 

記録映画というものに先入観がありましたが、
この作品でそのイメージが覆りました。
どのようなオリンピックであったか記録するというより、
もっと高次元でスポーツの素晴らしさ・美しさを表現しているように思えました。
 

作品を観終わったとき、男性が映る頻度が多いと言っていた人がいたように思いますが、
調べたところ、ベルリンオリンピックに出場した選手は、
男性3738人 女性328人で、極端に女性が少なかったそうなので、
そのせいもあるかと思います。
 

また、先生がおっしゃっていたように、
「ヤーポンのソン」を字幕に出さなかったのは、
観ていた時から私も気になっています。
字幕に出さなくても当時の歴史背景は分かることなので、
潔く説明するべきだったと思います。
 

監督リーフェンシュタールの作品を観て
彼女自身の生き様を知りたいと思い、
彼女について描いた映画「レニ」も観てみたくなりました。

【寺本麻美】

「記録」と「芸術」

1つ前の寺本さんが書かれていたように、
私もこの作品からは「記録映画」というよりは「芸術作品」という印象を強く受けました。
肉体美というものを表すためにとても良く計算され、
またその撮影の為の労力を惜しまなかったのだろうな…と見ているだけで感じることが出来ます。


ただ「記録映画」として発表したのは少し違うのでは?と思いました。
観客や解説者などの別撮りならまだしも、
競技そのものの映像の中に後撮り映像を紛れ込ませては、
真実と虚実が入り混じってしまい「この記録は本当なの?」と疑い深くなってしまいます。
作品の内容自体も(私個人だけかもしれませんが)、
「誰が金メダルだ」という結果よりも、
競技中の選手の肉体美や体の動きの美しさに注目していました。
ココまで高いレベルの作品を作ったならば、
へんに「記録映画」といって「ヤラセだ~」と突っ込まれるよりは、
「芸術作品」といってくれたほうがしっくりくると思います。


また、政治宣伝の効果については、
善悪を別としてナチスドイツの演出力の高さを改めて感じさせられました。
単に自分達の存在や強さをアピールするだけでなく、
その中に美しさや芸術性をふんだんに取り入れ、
市民の心を掴もうとする点においては頭がいいな…と思いました。
外から押さえつけるだけでなく「美しい」とか「素晴らしい」とか、
芸術的な部分から心まで掴んでしまおうという考えには恐怖的なものさえ感じます。


…とても個人的になりますがレニさんの好みは私も結構好きでした。
影と光の感じや、手足のアップなど。
穴を掘ってまで撮影するところとか、
とても強いこだわりとかを持っていたんだろうなぁと思います。
そのこだわる徹底さ加減がヒトラーにも気に入られていたの…かな?

【田中 空】

インタビュー記事との対比

以前レ二のインタビュー記事を読んだことがあるのですが、そこでは特に、「ファンタジー」と「ドキュメンタリー」の違いについて述べられていました。
事実をありのままに記録する。それこそがドキュメンタリーであり記録映画であるとレ二ははっきり言っていました。
しかし実際は男子棒高飛び等の撮りなおしや、穴を掘ってありえないアングルから撮影したりと、皆さんが言われるように、私にも「記録」というよりは芸術作品に近い印象でした。
特に古代オリンピックを模したオープニングは、古代にはない競技、ギリシアの民を思わせる演出などで、良い意味でファンタジーであり、芸術性を感じました。

また、一見したときは、ナチスのプロパガンダと言われても仕方のないように感じました。
しかし、プロパガンダとまでは言えなくとも、オリンピックの主催国が、多かれ少なかれ、自国をよく見せようとするのは当たり前であるし、先日のオリンピックでも随所にそれが感じられました。
当時の時代背景を考えると、レニの監督生命を奪うほどではないのではないでしょうか。

レニのインタビューを読んでも、いまいちピンとこなかったというのが正直な感想です。
彼女は才能があり、ヒトラーからは優遇されていたが、宣伝相のゲッペルスとはしばしば対立した。
また、重いカメラを担いで競技場を走り回り、撮影許可がでるまで座り込んだり、一人で膨大な量のフィルムを徹夜で編集したりと、努力もできる。
決して良いとはいえない撮影環境の中、あれだけの作品を作ることができたレニ。
彼女はもっと開き直ればよかったように思います。
彼女がこの作品を「芸術作品」と割り切れば、私たちも「芸術作品」として受け止めていた。そう感じます。

芸術か記録か

 ま、一言でいえば、芸術っぽい演出が随所に見られる記録映画、だね。で、1930年代に、「ここんとこヤラセじゃないか」と文句を言った人は、あんまりいない。許される演出の範囲が、年月とともに変化したわけです。

 テレビでもそうで、昔NHKのヒマラヤ・ムスタンのヤラセ騒動というのがあった。このときドキュメンタリストの村木良彦(日大でも教えていた。故人)は、「あれがヤラセなら、昔の芸術祭選奨なんて全滅だよ」と言っていた。テレビの世界も、許される演出の範囲が、時とともに狭まっています。

 だから、70年後の今日から見て、レニはこうすべきだったうんぬんは、ちょっと無理があるんじゃないかしらん。

▼ コメントをどうぞ!! すぐ上(既存コメントの末尾)に追加します。

表紙(最新ページ)へ

月めくり

≪≪ 2017-08 ≫≫
- - 1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31 - -

年月別の記事

内容別の記事

3.11巨大地震発生から

最近の記事10

最近のコメント10

主宰者から

日本大学藝術学部放送学科

●このブログは、日本大学藝術学部(日芸またはNGと略)放送学科の授業の一環として設置しています。学外の方も自由に閲覧やコメントしていただけます。学生らの活動を厳しく、ただし温かく見守っていただければ幸いです。学生には「ブログ炎上も授業のうち」といってあります。

●ブログ開設は2006年ですが、1999年からマスコミ演習、マスコミII、放送特殊研究Vといった授業を担当しており、2005年以前のレジュメなど古いものも置いてあります。(坂本 衛)