テレビ報道を考える!! 日本大学 藝術学部 放送学科 「放送特殊研究V」ブログ

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開設:2006-05-25 (通年 4単位 3年以上 選択 江古田校舎 放送学科専門科目)

日本大学藝術学部放送学科「放送特殊研究V」(担当講師/坂本 衛)のブログ。2017年度のテーマは「放送・報道における日本語表現の研究」です。

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民族の祭典(オリンピア第1部)/FEST DER VOLKER-OLYMPIA TEIL I その1 2008-05-09

●民族の祭典(オリンピア第1部)/FEST DER VOLKER-OLYMPIA TEIL I

●ドイツ、1938年(ヴェネツィア国際映画祭金賞)

●監督:レニ・リーフェンシュタール

●撮影:ウィディ・ジールケ、 ハンス・エルトル 、ワルター・フレンツ、グツィ・ランチェナー、クルト・ノイバート、ハンス・ミシャイブ

●音楽:ヘルベルト・ヴィント

●138分

●「美の祭典」と合わせて「オリンピア二部作」をなす。1936年オリンピック・ベルリン大会の記録映画。こちらが前編・第1部。

以下、「GALAC」2000年11月号の坂本巻頭言

シドニー直前、NHKが放映した
オリンピック映像を見て――

●シドニー・オリンピックの開幕直前、NHKはBS第2で、映画「東京オリンピック」(1965年、市川蓖監督)、ベルリン・オリンピックを描いた「民族の祭典」「美の祭典」(1938年、レニ・リーフェンシュタール監督)を立て続けに放映しました。

●映像としてのスポーツソフトの「見せ方」の原形は、すべてこの映画3本に凝縮されて入っていると思えます。そしてスポーツを描く一級品は、歴史や社会を描いても一級のドキュメンタリー。これは制作者の問題意識の高さや視点の確かさを示します。NHKは本当によいものを見せてくれたと思いました。

●ただ、疑問や注文があります。著作権料や契約の問題があるのかもしれませんが、せめて地上波のNHK教育で、もっと早い時間に放映してほしかった。何より子どもたちに見せたい映像だからです。また「民族の祭典」の字幕スーパー処理は、いかにもNHK的なことなかれ主義。映画のクライマックスはマラソンで、日の丸をつけたソンとナンが金銀を独占する。しかし、実況は「ヤーパンのソン」でも、字幕は国名なしの「ソン」だけ。占領下の朝鮮や中国は日本ではないといいたいらしいが、実に馬鹿げた発想です。

●占領下の朝鮮や満州は純然たる「日本国」の一部。その歴史は隠さずに正面から見詰めないと、過去の精算などしようがない。字幕は「日本のソン」として、放映前後に「当時は軍事的に占領し、強制的に日本国としていた」とでも注釈をつけるのが本当でしょう。買ってきた映画を流すだけでも、放送局の姿勢はつねに問われるのです。

●9月15日「東京オリンピック」のナレーションを務めた三国一朗さん逝去。合掌。

コメント

北京オリンピックと比較

初めて見たときは正直何がすごいのかよくわからなかった。今まで見てきた所謂撮る側の社会への問題提起とは違う。
オリンピック中継をただ見ている気分だった。
しかし実際に北京オリンピックの中継を見たときにその映像の違いに度肝を抜かれてしまった。
北京オリンピック中継は基本ロングからのショットが多い。離れたところから豆粒程度の大きさの選手を見て勝ったか負けたかその事実だけを判断する、そういう映像だった。
オリンピアの映像を思い出すと近くの映像が多かったように思う。こちらに向かって走ってきた選手に踏み潰されてしまいそうな、筋肉の細かい動きまで見えてしまいそうな。正に選手から飛び散る汗まみれになってしまいそうな距離感。
大人しく記録を伝える映画だと思っていた私に何を見ていたんだと言ってやりたい。中継と比べるとダイナミックさが違う。
どうあがいても現実では見ることの出来ない距離での映像はいつの時代に見てもそのときの熱気を感じることが出来るだろう。

なるほど。北京を見て、再評価ね。

 なるほど。テレビの北京オリンピックを見て、70年前の映像について考え、再評価したわけだね。

 いまカメラはオートフォーカス(ピント合わせ自動)になっていて、画角調整(ズーム)も電動でスイスイいける。昔は、ピント合わせが難しく、画角も固定レンズを交換することで選んだ。だから昔は、どうしてもワイド~標準レンズを使って、近寄って撮ることになる。

 というのは、被写界深度の関係で、望遠レンズはピンが外れやすいし、暗い。遠くからワイドというのは、だだっ広い絵になって、個別状況がわからないから。

 で、ワイド~標準でカメラを近づけると、やっぱり奥行きが出て迫力が増す。カメラを近づけず(位置はそのままで)望遠で寄るのは、背景をボカシて被写体をクローズアップするときは使える。でも、その場合はボケるから、奥行表現ではなくて、背景表現になってしまう。

 そんなカメラの能力が、映像表現そのものの迫力や特徴、効果と関係している。このことは、実はスナップ写真なんかでもいえることで、私が子どものときの写真と、いまのデジカメというのは、かなり雰囲気が違っている。

 年季の入った報道カメラマン(スチール)の撮り方を見ていると、ワイド系のレンズを使って、自分がものすごく動いて(近づいたり遠ざかったりして)撮る。これに対して若いカメラマンは、その場にボッ立って、カメラ内ズームで近づいたり遠ざかったりしているわけ。これはマズいと思うんだよね。

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●ブログ開設は2006年ですが、1999年からマスコミ演習、マスコミII、放送特殊研究Vといった授業を担当しており、2005年以前のレジュメなど古いものも置いてあります。(坂本 衛)
 

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