テレビ報道を考える!! 日本大学 藝術学部 放送学科 「放送特殊研究V」ブログ

テレビ報道を考える!! 日本大学 藝術学部 放送学科 「放送特殊研究V」ブログ

開設:2006-05-25 (通年 4単位 3年以上 選択 江古田校舎 放送学科専門科目)

日本大学藝術学部放送学科「放送特殊研究V」(担当講師/坂本 衛)のブログ。2017年度のテーマは「放送・報道における日本語表現の研究」です。

「近所の女性の」第一報 2006-06-06

前回は「プライバシーと推測・憶測が視聴者に与える影響」について考えてみましたが、今日は「近所の女性の第一報」が入ったときの事を考えてみたいと思います。

まず、この「近所の女性」に任意同行を求めたと言うニュースは日曜日(4日)のお昼のニュースで各局とも一斉に報道し始めた。その時はまだ任意同行の時点だったので、名前は出ず「近所の女性」と言う表記で、女性の映像にもモザイクがかかっていた。私が見た番組は以下の通り。
フジテレビ『産経テレニュースFNN』 TBS『JNNニュース』 テレビ東京『TXNニュース』

報道された概要は以下の通り。
・秋田県の小1男児殺人事件で近所の女性(33)が任意同行を求められた。
・警察は顔見知りの犯行だと当初から捜査
・以前、インタビューで犯行を否認(TBS/テレビ東京)

この概要は3社とも共通していた。それに加え各社とも近所の女性が住んでいるであろう場所を映し出していた。このニュースを見た瞬間、私はすぐに「近所の女性」が誰だか認識する事ができた。なぜか?それはこの女性の自宅の映像が以前から使われていたものだからである。また以前インタビューに応じ、犯行を否認している事からも容易に想像できる。

逮捕される前だと法律の関係上(詳しいことは分りませんが)モザイク画像で、名前も「近所の女性」と言う表記しか出来ないが、そんなことをした所で視聴者が「近所の女性」の正体に気づかないと思うのだろうか?事件が起こった当初はあんなに派手に報道していた割に、全く報道しなかった日も有った。もうひとつ正体に気づいた理由には、週刊誌が大々的に今回の加害者の報道を続けていた点も上げられる。
またフジテレビでは、加害者が任意同行を求められた時点で近所の住民にインタビューをし「近くの人で残念。」と言う話を放送している。まだ任意同行である。逮捕されたのではない。

モザイクをかけるのは法律があるからだろうか?名前を出さないのは法律で決められているからだろうか?しかし、そんなことをしても視聴者にバレてしまうならば意味がない。今回はこの「近所の女性」は加害者であったため逮捕されたが、もし冤罪の時にはどうするのか?
また、週刊誌は堂々と「彩香ちゃんの母親の評判」を載せていたが、テレビ局が規制している中でこんな記事を載せては、規制の意味がない。今日の朝日新聞の「放送被害、どう防ぐ」という記事にも書いてあったが、テレビ局・新聞・雑誌と分けるのではなく、共通に何か策を施さないと意味がないと思う。

日刊スポーツのブログにこのような記事が載っていた。
権威のある人だか知らないが、この記事の書き方はあまりに偏りすぎている。唖然とした。


《番組データ》
番組名/産経テレニュースFNN フジテレビ系/日曜11:50~放映/キャスター 藤村さおり
番組名/JNNニュース TBS系/日曜11:30~放映/
番組名/TXNニュース テレビ東京系/日曜11:25~/

【森 智徒勢】

コメント

角を矯《た》めて牛を殺す

「犯罪者と疑われる人物が警察に逮捕される前は、絶対にどこの誰とわかってしまう(個人を特定する)報道をしてはいけない。そのためにテレビ・新聞・雑誌に共通の規制を行うべきである」という趣旨と受け取ってよいですか。

そうであれば、反対。理由は以下。
【1】誰かが犯罪者と疑われていることもニュースであり、その段階で、実名入りで伝えたほうがよいケースがありうるから。たとえば万一、首相の重大犯罪を、私が誰も知らない段階でつかんだとしたら、私は警察の捜査状況や逮捕されるか否かなど問題にせず、自分が伝えるべきと思った段階で伝えます。 そのことを阻む一切の規制に、私は断固として反対です。

【2】警察が逮捕すれば容疑者であり、警察が逮捕しなければ容疑者ではなく、すべてのメディアは警察の行動や発表に一律に従うべきである、とは思わないから。そうすべきならメディアはいらない。警察部内にメディア局かなんか作っておき、そこに報道させればいいでしょう。現状がそれと紙一重だとしても、そのようにすることに、私は断固反対です。

【3】メディアがある容疑者について報じるとき、全メディアが過去にその人物をどう報じたかチェックし、過去の報道から誰と特定されることを必ず避けて報道するなどということは、事実上不可能だから。無意味なことは、やらないほうがいい。

まだ、いくらでも反対の理由はありますが、取り急ぎここまで。

ようするにいいたいのは、「やりすぎはダメ」といって一律にメディア規制をかけると、規制の仕方によっては、やりすぎではないことや本来の役割までも規制する結果になってしまう恐れがあること。また、「やりすぎ」の判定基準を警察発表というような怪しいものに委ねるのは、メディアの自律を損ねて、極めて危険だということです。

本題からは外れるが、「ご近所」への感想

ご近所のみなさんが、「あの女の子は、ご飯を食べさせてもらえなかった」と、口々に証言してますね。あなた方、それを見ていながら、放っておいたのか? なんて連中なんだと、私は呆れます。

2004年4月の「改正・児童虐待防止法」(同年10月施行)で、それまで「児童虐待を受けた児童を発見した者」は誰でも速やかに通告しなければならないとされていた国民の通告義務は、「虐待を受けたと思われる児童を発見した者は」と改められました。虐待をハッキリ目撃しなくても、異常な怒鳴り声が聞こえる、子どもの体にあざがある、満足な食事を与えていないようだ、など虐待が疑われる場合には、全国民に通告義務があります。(「潮」2004年11月号「市民講座」を参照。同記事監修は坂本)

PTA会長の経験があると別のコメントに書いたが、まともに仕事するPTA会長ならば、ご近所があそこまでいう家庭があれば、それは絶対にわかる。わかれば何らかの対応をします。小学校校長も担任も、まともであれば放っておくはずがない。私は、小学校の養護教諭は、自分の全生徒が朝ご飯をきちんと食べているかどうか把握するのも仕事のうちだと信じます(私の知っている人は、きちんと把握していた)。母親のネグレクトが疑われているが、ご近所や学校関係者の「見て見ぬふり」または「見落とし」はなかったのか。「地域の教育力」というが、この地域ではどうだったのか。

この意味で、秋田の事件は他人事ではない。多くの人は誰かしらのご近所のはずですが、ご近所は何やってたんだという話であり、小学生の保護者のほとんどはPTA会員のはずですが、PTAは何やってたんだという話でもあるからです。ドラマ型・劇場犯罪型の事件報道に、以上のような視点があるはずもないけれども。

逮捕を境界にするべきではない

決め付け・やりすぎの報道はするべきではないと思いますが、警察のやることを基準にして報道を組み立てればそれでいいのか、というとそれも違うと思います。任意同行にしても逮捕にしても通過点にすぎません。逮捕されたのは警察が良く調べた結果であり、もう有罪は間違いないだろうという認識こそ危険なのです。(大抵の場合警察は良くやっているとは思いますけれど、そういう問題ではありません)

逆に考えてみると、もし仮に推定無罪が浸透していれば、任意同行された時から実名報道でもいいのではないか、とすら言えます。なんとかさんが事件に関して任意同行された。逮捕された。別にその後決め付けにかからなければ、ただの事実であって、報道を規制する理由がありません。

警察発表を過信して責任を他人に押し付けるやり方が問題ではないのでしょうか。

---追記---
昨日も言いましたが、市民もまた推定無罪を守らなくてはいけないことを理解しなくてはなりません。メディアは、そうした理解を進める番組・記事を作ったほうが良いでしょう。刺激を提供して食いつなぐよりも、長い目で見ればこのほうがきっとイメージアップになると思いますよ。

警察情報を鵜呑みにすると……

松本サリン事件のとき、河野義行さんを最初に犯人扱いしたのは、警察です。夜討ち朝駆けする記者たちに、刑事たちが「絶対あいつだ。間違いない」と散々リークした。それに全マスコミが乗ったのです。しかも、警察は「公式には何一ついってない」ことを理由に、長い間謝罪すらしなかった。GALACバックナンバーに坂本の河野さんインタビューが載っているから、学生諸君は図書館で探して。

推定無罪の大原則に照らすと

裁判が結審するまで「彩香ちゃんの母」「近所の女性(33歳)」という属性だけで,何が問題なんでしょうね(むろん,裁判を傍聴に行けば実名は割れるわけですが)。

被疑者逮捕と同時に実名を出し,モザイクを外しという「匿名/実名報道の警察発表基準」は,止めるべきです(警察が匿名発表したときの対応がみものです)。メディア側の判断停止です。誤認逮捕は頻繁に起こりますし(実名で報道したのに,釈放と同時に匿名に戻る)。

「週刊誌を取り締まれ!」の声もありますが,朝日新聞社自身が扇情的な報道をしていますし(笑)。部数減も手伝い,社会的影響力は小さいと思いますが。「週刊新潮」などは,事件報道のたびに,「どこまで報道するか」を検討しているという意味では,実に良心的なメディアです。「少年法に触れるから自動的にダメ」(警察基準)としか判断しないメディアに比べて。

Re:警察情報を鵜呑みにすると……

警察が世論をつくろうと、偏った情報をリークさせることもあるということですね。
河野氏に対しては、当時国家公安委員長だった野中広務が謝罪に行っただけで、警察として謝罪しなかったというのは有名な話だと思います。

私は警察・検察は公的な機関で、まぁまぁ信頼できるとは思いますが、同時に「ある主張」を展開する一派に過ぎないとも考えています。ただ、彼らのやることはなんでも信頼できるだろうと思っている人が少なくないのも事実でしょう。裁判官も含めて。

ちょっと話はそれるのですが、仙台で起きた筋弛緩剤点滴事件。検察は被害者の血液・尿・点滴ボトルから筋弛緩剤が検出されたと主張しているのですが、この証拠は鑑定の段階で「全部使っちゃった」そうで、残っていないのです。だから裁判所に提出して再鑑定して確認することが出来ません。私たちの調べが正しいので信じてください…と言うだけ。こんなの信じられます?鑑定が正しかったのかどうかわからないじゃないですか。
そもそも犯罪捜査規範で「血液などの鑑識にあたっては裁判などの再鑑定の可能性があるため、検体の一部は保存し、再鑑定のための考慮をはらわなければならない」と定められているはずなんですが…。こんなのが証拠として採用されるのはよほど検察びいきだったとしか思えません。(ただし、この裁判については弁護側の戦い方もまずかったのは確かです。)

仮に被告が弛緩剤を投与したのだとしても、こういう証拠から有罪、しかも一・二審とも死刑判決が出るのはおかしいと思います。難しいとは思いますが、最高裁はぜひ証拠が有効なのか見直して欲しいです。

容疑者の扱いはわりと自由?

前回、
『モザイクをかけなくてはいけない場合の共通ルールなんてものはない』
という話がありましたが・・・

マスコミ各社、独自の判断に委ねられる点は意外と多いのですね。
驚きました。
冤罪だった場合のリスクを背負っているとは思えない、強引な取材は結構多いような気がしますが・・・
『ほら、やっぱり犯人だった。終わりよければ全て良し』というのが報道側の姿勢なのでしょうか?

リスクを背負っているとは思えない

各局が朝刊紹介みたいな番組・コーナーをやっているね。
紹介された記事が冤罪とか誤報だった場合、書いた新聞にリスクがあるのはもちろんだが、放送局も責任を取らされる恐れがある(たとえば名誉毀損で訴えられたとき、負ける恐れがある)。ずいぶんリスクの大きいことをやっているなといつも思う。たぶん紹介記事が冤罪や誤報だった場合のことなんて、何も考えたことがないんだろうね。

整理します。

自分が書いた記事と、みなさんのコメントを読みながら、一体私は何が書きたかったのかハッキリもしないし、分らなくなってしまいました。反省します。

坂本先生のコメントにあった
>「犯罪者と疑われる人物が警察に逮捕される前は、絶対にどこの誰とわかってしまう(個人を特定する)報道をしてはいけない。そのためにテレビ・新聞・雑誌に共通の規制を行うべきである」という趣旨と受け取ってよいですか。

ですが、書いた時点ではその通りだと思ってました。
しかし先生のコメントを読み、犯罪者が首相や国会議員の場合などには確かに危険だと感じました。ただ、やはり一般人の場合などには報道機関各自で匿名報道のボーダーラインを決めた場合、各社対応が違う場合は規制する意味がないと思います。

確かに、「過去の報道から誰と特定されることを必ず避けて報道するなどということは、事実上不可能」だとは思いますが、村瀬君が書いたように、冤罪だった場合のリスクが大きすぎると思います。同時に、警察発表されたものをそのまま使えば良いとも言えませんが・・・。(コメントに書かれた様に、それならばマスコミは必要ありませんよね・・・。)

やはり一般人の場合などには報道機関各自で匿名報道のボーダーラインを決めた場合、各社対応が違う場合は規制する意味がないと思います。>
確かにそうだと思います。けれども、規制する事で少しでも
緩和されていく可能性もあるのではないでしょうか。

報道の経過を通して犯罪者を疑われる人物を特定出来てしまう状況下では、匿名報道、モザイクなどは意味を成してないと
思います。
無意味なモザイク・匿名報道をしても誰の権利も守られていない
ように感じるからです。
話はそれてしまいますが、少し調べてみたら
もう規制とまではいかなくとも、指針が既に存在するんですね。


■報道表現
 報道における表現は、節度と品位をもって行われなければならない。
 過度の演出、センセーショナリズムは、報道活動の公正さに疑問を抱かせ、市民の信頼を損なう。

 (1)過度の演出や視聴者・聴取者に誤解を与える表現手法、合理的目的のない匿名インタビュー、モザイクの濫用は避ける。(日本民間放送連盟 報道指針 平成9年6月19日制定)

▼ コメントをどうぞ!! すぐ上(既存コメントの末尾)に追加します。

表紙(最新ページ)へ

月めくり

≪≪ 2017-08 ≫≫
- - 1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31 - -

年月別の記事

内容別の記事

3.11巨大地震発生から

最近の記事10

最近のコメント10

主宰者から

日本大学藝術学部放送学科

●このブログは、日本大学藝術学部(日芸またはNGと略)放送学科の授業の一環として設置しています。学外の方も自由に閲覧やコメントしていただけます。学生らの活動を厳しく、ただし温かく見守っていただければ幸いです。学生には「ブログ炎上も授業のうち」といってあります。

●ブログ開設は2006年ですが、1999年からマスコミ演習、マスコミII、放送特殊研究Vといった授業を担当しており、2005年以前のレジュメなど古いものも置いてあります。(坂本 衛)