テレビ報道を考える!! 日本大学 藝術学部 放送学科 「放送特殊研究V」ブログ

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開設:2006-05-25 (通年 4単位 3年以上 選択 江古田校舎 放送学科専門科目)

日本大学藝術学部放送学科「放送特殊研究V」(担当講師/坂本 衛)のブログ。2017年度のテーマは「放送・報道における日本語表現の研究」です。

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第4回 報道とは、どういうものだろうか? 2017-05-12


●報道とは何?──と学生に聞くと

学生A「社会で起こっている事件事故など出来事を伝えること……」
学生B「Aさんが『火事だ!』と近所に伝えても報道ではない。社会に広く伝えないと」
学生C「Bくんが『火事だ!』とネットで社会に広く発信し、10万人に伝えても報道ではない。ということは……」
坂本「報道の『報』がつく言葉は?」
学生ABC「報告、広報、訃報……」
(ほかに日報、官報、会報、警報、誤報、悲報、予報)
坂本「つまり報は『知らせ』だな。訃報は亡くなった知らせ、日報は日々の知らせ。『道』は? 柔道、剣道、茶道、極道……。ある専門技や芸の全体、それを高めていくやり方や生き方、営み、生きる道って感じだね」

○報道=知らせという仕事、専門的な「業《ぎょう》として」の知らせ

つまり、テレビ・新聞・ラジオ・雑誌その他「業として」のメディアが社会の出来事などを広く一般に知らせること。その知らせ。

英語ではreport(=調査/研究報告書、報道、記事、議事録、評判 etc.)。
学生が書く「レポート」は英語ではpaper、研究者が書く研究報告書や学校側が出す通知表がreport。


●ニュース、新聞、ジャーナリズムとの違いを押さえよう

○ニュース(news 正しい発音はニュー★ズ★)は「新しいこと」「新しい知らせ」。報道と同じ意味の場合もある(ニューズのうち、業としての知らせが報道)。

NEWSは北東西南の頭文字。だから「ニュースは東西南北くまなく歩いて取れ」なんていう。現場取材を欠かすな、多方面に当たれってこと。

○新聞(新しい伝聞、新しい知らせ)≒ニュース

唐王朝の歴史書『新唐書』(編纂は北宋時代、1060年ころ)に「南楚新聞三卷あり」という記述があり、これは風聞、newsという意味。
→清朝末、中国に進出した欧米人が発行したnewspaperを中国人が古い言葉の「新聞」をあてて呼び、自分たちも発行。明治期、日本にnewsが入ってきたとき、訳語として(中国で使われていた)「新聞」があてられ、newspaperを「新聞紙」と呼び、自分たちも発行。

○Journalismは、個々の報道ではなく、報道全体(事業や社会的な営みとしての報道、報道の世界)を指す。

○informationは、広い意味で「情報・知識」、狭い意味で「案内」(特定分野の求めに応じた情報)。


●古来「報道」は権力者・支配者側の知らせだった!

○アクタ・ディウルナ(Acta Diurna)またはディウルナ

古代ローマの新聞のようなもので、これがジャーナル、ジャーナリズムの語源(ラテン語diurnus=日々の)。アクタは議事録で、BC59年からカエサルの命令で公式・定期的に発行(~330年)。このうち、民衆に知らせたほうがよいものをカエサルが公表させたのがアクタ・ディウルナ(またはディウルナ)。ローマ政庁(の広場)に掲げられた、政府広報としての壁新聞や掲示板。

ローマ政庁

たとえば、元老院でこれこれのことが決まった、ローマ軍がどこそこで大勝利を収めたといった知らせ(外地にいるローマ軍にも同じ知らせが届けられた)。カエサルの意に沿わないものは当然、発表されない。それがジャーナリズムのもともと。

○社会の木鐸

木鐸は、木の舌がついた金属製の大きな鈴。古代中国で政令を布告するとき、
木鐸を鳴らし民衆を集めて説明した。転じて「世論を喚起し、民衆を教え導く人物」を「(社会の)木鐸」と呼んだ。「新聞は社会の木鐸たれ」などというが、そもそも木鐸は権力者の布告の先触れにすぎない。【追記】新聞記者が「社会の木鐸たるわれわれが」というのは聞き苦しい。それは新聞の夜郎自大というべきだ。

報道と同じ意味の大規模なニュースは、近代より前には、権力者や支配者が民衆に伝えるニュース以外、基本的に成り立ちようがなかった(隣村からもたらされたり旅人が伝えたりするニュースは、報道ではなく、伝聞や噂の類い)。


●権力を監視し、ときに対峙する「報道」が成立するには?

1)報道する自由や権利が必要

近代的な「市民社会」が成立し、人びとの自由や人権が広く認められなければ、今日のような報道は本格的に成り立たちようがない。

その道筋の最初のものは 1297年のマグナ・カルタ(英、大憲章)。これは封建貴族と王の約束で、1689年の権利章典とともに現イギリス憲法の一角をなす(イギリスに成文憲法は★ない★)。続く1776年バージニア権利章典、1789年フランス人権宣言などで、近代人権思想が確立され、報道が成り立つ土壌がつくられていく。

本格的な市民社会は「国民国家」の成立と不可分。そこで「王をギロチンにかけろ! 民衆のための新聞だ!」と叫ぶだけでは済まない次の問題、近・現代国家とマスメディアの問題が始まる。どの国でも、国と(つまり国民国家を支える民衆と)ある程度うまくやっていかないかぎり、巨大メディアは維持できない。

2)報道する手段が必要

同じ内容を同時に多くの人びとに伝えなければ、報道は成り立たない。
そのための画期的な技術革新はグーテンベルク(ドイツ)による活版印刷の発明(1450年ころ)。以前の木版は大量印刷が難しかった。

以上の二つがあって初めて、近代的な新聞が成り立つ。
いまは2)の一部が電気通信に置き換わり(ラジオやテレビ)、さらにネットで報道が成り立つかという過渡期。


●報道は、技術革新を背景に、歴史的な大変動をへて、権力者の専有物から民衆の(ための)ものになった。
ならば、次のような問題に注意を払う必要があるだろう。


○誰のための報道か。時の政権のための報道か、社会をつくる人びと全体のための報道か。

○「報道の自由」は、与えられたものでなく獲得したもの。不断の営為によって維持すべきものではないか。

○第4権力(the fourth power)ともいわれるマスメディア。三権(議会・行政・司法)に次ぐパワー? 三権を監視するパワー?

注)もともとは第4階級(the fourth estate)とされ、19世紀イギリスで、聖職者・王侯貴族・庶民(the clergy, the nobility, and the commoners)に次ぐ社会的勢力となった新聞を指した。

○「ウォッチドッグ」(権力を監視する番犬)としてのマスメディアとは?
これと「反権力」は、どう違う?

○たとえば「反アベ」と叫ぶ新聞が、野党の不祥事に目をつぶっていたら、嘘くさい。といって首相に「それは新聞を読んでくれ」といわれる新聞も、嘘くさい。メディアは、どんな場所に立ち、どう立ち回るべきなのか?

【坂本 衛】
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●このブログは、日本大学藝術学部(日芸またはNGと略)放送学科の授業の一環として設置しています。学外の方も自由に閲覧やコメントしていただけます。学生らの活動を厳しく、ただし温かく見守っていただければ幸いです。学生には「ブログ炎上も授業のうち」といってあります。

●ブログ開設は2006年ですが、1999年からマスコミ演習、マスコミII、放送特殊研究Vといった授業を担当しており、2005年以前のレジュメなど古いものも置いてあります。(坂本 衛)
 

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