テレビ報道を考える!! 日本大学 藝術学部 放送学科 「放送特殊研究V」ブログ

テレビ報道を考える!! 日本大学 藝術学部 放送学科 「放送特殊研究V」ブログ

開設:2006-05-25 (通年 4単位 3年以上 選択 江古田校舎 放送学科専門科目)

日本大学藝術学部放送学科「放送特殊研究V」(担当講師/坂本 衛)のブログ。2017年度のテーマは「放送・報道における日本語表現の研究」です。

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第6回 「5W1H」とテレビ映像について考えよう 2017-05-26


●5W1Hとは何?

報道は、起こった出来事(真実かどうかはさておき事実)を伝える。
伝えるとき必須の要素とされるものが5W1H。

What?(何が)……What happened?
Who?(誰が)……Who was involved?
Where?(どこで)……Where did it take place?
When?(いつ)……When did it take place?
Why?(なぜ)……Why did that happen?
How?(どのように)……How did it happen?

・英語圏ではFive Ws(5Ws)とも。この場合はWhat、When、WhereをHowがカバーする、と考えてもよい。
 日本では「六何《ろっか》の原則」とも。何が、何時《いつ》、何処《どこ》で、何人《なんぴと》が、何故《なぜ》、如何《いか》に→「何」が六つ。

・報道に限らず、フィクション以外の報告書、記録などでも必要なこと。その種の文を書いたら、5W1Hを自問してみる。
→答えが六つ出そろっていれば、とりあえず必須条件はクリア。


●5W1Hがそろった文をつくれ!

学生A「渋谷で田中がおととい大麻を所持していたため逮捕された」
学生B「★私は★きのう池袋で会議するために友だちと御飯を食べた」
 ★Whoが抜けたので追加!
学生C「今日駅で私は財布をなくしたと思って探したので遅刻した」


●六つの要素の順序は、どうすりゃいい?

学生意見「Whenが最初にきそう」「〝いつ〟が頭にあると自然な感じ」
「報道は速報するからWhenが大事。だから最初に時に触れるのでは」

「昔昔あるところにお爺さんとお婆さんが」

○「いつ」を冒頭に持ってくると自然な理由

「時」は、普遍的な、誰にも共通する、大きく広い要素(よってすべての事項を修飾・説明可)だから。
大きいものから小さいものへ、漠然としたものから詳細なものへと説明していくのが自然で、わかりやすい。

○分析・検証しよう

A「昨日東京で死んだ」
B「東京で昨日死んだ」
C「東京で死んだ 昨日」
D「昨日死んだ 東京で」
E「死んだ 昨日東京で」
F「死んだ 東京で昨日」

どれも間違いではないが、日本語はSOV(Subject+Object+Verb)型だから、C~Fは例外(たとえば「あいつどうした?」への答えなど、一般的でない)。しかも構造上、二つの文になる。

ABはどちらもありうるが、Aの「昨日」が「東京で死んだ」全体を修飾するのに対し、Bは「昨日」という異質な説明が途中に挟まった印象を受ける。
場所を強調したいとき(たとえば安全と思われている場所で、ありえない殺人事件が起こってしまったなど)は、当然Bもあり。場所と出来事の説明がともに煩雑で長ければ、AよりBのほうがわかりやすいことも(昨日、○○………………○○で□□が××………………××した→○○………………○○で昨日、□□が××………………××した)。


●「いつ」は絶対表現で書く

おととい……今日を基点とした2日前(今日に対する「相対表現」)
 →今日が動けば(例 新聞を翌日読む)、不正確になってしまう。
2017年5月26日……どの時点でもある1日だけを指す「絶対表現」

※メディアによって、望ましい年月日表現は異なる(煩雑になるから不要なものは適宜省く)。
テレビ「今日昼過ぎ、東京で火事があった」
新聞「26日午後、東京で火事があった」
単行本「2017年5月26日午後、東京で火事があった」

「先月」「3年前」といった表記にも注意。5年後も読んでもらうつもりなら、絶対表現で書くべき。
6月2日に5月30日の出来事を「先月」というのも妙。実はたった「3日前」なのだから。
Facebookは必ず日付けがつくからよいが、日付けなしのブログに「きのう」と書く者がとても多い。読者に対して不親切。


●リード(前文)

記事本文(本記)の頭につける導入部の要約的な文。ここで5W1Hを簡潔に押さえ、必要な詳細は本文で丁寧に説明するのがふつう。

※ある日の新聞を、リードにどんなことが書いてあるか、日時表現をどうしているかに注意しながら読んでみよ。


●キプリングの詩

I Keep six honest serving-men:
(They taught me all I knew)
Their names are What and Where and When
And How and Why and Who.
I send them over land and sea,
I send them east and west;
But after they have worked for me,
I give them all a rest.

I let them rest from nine till five.
For I am busy then,
As well as breakfast, lunch, and tea,
For they are hungry men:
But different folk have different views:
I know a person small--
She keeps ten million serving-men,
Who get no rest at all!
She sends 'em abroad on her own affairs,
From the second she opens her eyes--
One million Hows, two million Wheres,
And seven million Whys!

なぜなぜ子象の鼻がなぜ長くなり、ほかの象の鼻もなぜ長くなったか。

THE ELEPHANT'S CHILD
キプリング原作「ジャングル・ブック」

○余談: ディズニーアニメにはイギリス児童文学の原作が多い。私が子どものとき読んだ本(たとえば岩波子どもの本)も圧倒的にイギリス原作。イギリスの国力・英語力が圧倒的だったからだが、それ以外にも理由があるような。


●学生質問「時を最初にもってくる、とシステムとしてルールを決めると、表現が機械的・画一的・没個性的になってしまうのでは?」

坂本回答

原則だから例外はある。「誰が」を強調したければ、冒頭に持ってきてよい。強調したいことも思いつかず、どんな場合でもこの順序と決めている記者が書けば、どの記事も代わり映えない一律のステレオタイプ表現になってしまう懸念はある。それは表現の問題より、むしろ記者が機械的という問題だろう。

5W1Hは基本中の基本だから、X新聞とY新聞のリードがほとんど同じでも、別にかまわない。逆に事件の発生日時・場所や「死んだ/生きて救出された」が違うほうがおかしい。

独自の掘り下げで個性を発揮することは、本文でいくらでもやればよい。
誰に取材するか、どんな質問をするか、出来事全体の意味どう伝えるかなどディテール部分で、いくらでも個性を発揮できるのでは。
一言でいえない「Why? How?」部分こそ、記者の真価が問われる。「What? Who? Where? When?」は警察が教えてくれるわけだから。

○余談:大地震は「だいじしん」?「おおじしん」?
大揺れ、大風、大火事、大船、大間違い……古い言葉(和語)や訓読み語の頭につく「大」は「おお」と読む。
大震災、大旋風、大都会、大失敗……新しい言葉(おおむね明治期以後に一般化した漢語)や音読み語の頭につく「大」は「だい」と読む。

NHKは頑なに「おおじしん」と読むが、私は「だいじしん」のほうが自然と思う。「大地」「大震災」が「だい」なので。


●5W1Hがなっていなかった報道の例

○熊本地震のNHK総合報道
16年4月の熊本地震報道では「ホントに放送局員?」と思わせる記者が画面に登場。しどろもどろのレポートは、何人が住むどの町から何を伝えたいのかすら判然としなかった。(『創』2017年1月号 NHK論考は坂本執筆)

○阪神・淡路大震災時のヘリ映像とレポート
いまどこを撮しているか、よくわからないヘリ映像が少なからずあった。いまはGPS利用、Google地図/航空写真の切り替えなどでわかりやすくできるはず。
【坂本 衛】
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第5回 報道に必要な日本語表現とは、なんだろう? 2017-05-19


●おさらい

日本語とは? > 放送/テレビとは? > 報道とは?
それぞれの概要、おおまかな特徴、歴史的な変遷を思い出す。それが今回のテーマの前提。


●報道に必要な日本語表現を考える

報道は[A          ]であるから、[a           ]の(ような)日本語表現が必要なはずだ。

以上「Aとa」(ここではラージAとスモールaと呼ぼう)の組み合わせを、Aとa、Bとb、Cとc、Dとd、Eとe……と、できるだけたくさん(少なくとも五つ六つ以上)考える。
さらに、そのそれぞれについて言葉を足し、なぜそうなのかという確固たる主張・立場の構築をする。


1)Aとa:報道は[A          ]であるから、[a           ]の日本語表現が必要


2)Bとb:報道は[B          ]であるから、[b           ]の日本語表現が必要


3)Cとc:報道は[C          ]であるから、[c           ]の日本語表現が必要


4)Dとd:報道は[D          ]であるから、[d           ]の日本語表現が必要


5)Eとe:報道は[E          ]であるから、[e           ]の日本語表現が必要


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●以上のような日本語表現が、現実のテレビや新聞で充分なされているといえるだろうか?


【坂本 衛】

第4回 報道とは、どういうものだろうか? 2017-05-12


●報道とは何?──と学生に聞くと

学生A「社会で起こっている事件事故など出来事を伝えること……」
学生B「Aさんが『火事だ!』と近所に伝えても報道ではない。社会に広く伝えないと」
学生C「Bくんが『火事だ!』とネットで社会に広く発信し、10万人に伝えても報道ではない。ということは……」
坂本「報道の『報』がつく言葉は?」
学生ABC「報告、広報、訃報……」
(ほかに日報、官報、会報、警報、誤報、悲報、予報)
坂本「つまり報は『知らせ』だな。訃報は亡くなった知らせ、日報は日々の知らせ。『道』は? 柔道、剣道、茶道、極道……。ある専門技や芸の全体、それを高めていくやり方や生き方、営み、生きる道って感じだね」

○報道=知らせという仕事、専門的な「業《ぎょう》として」の知らせ

つまり、テレビ・新聞・ラジオ・雑誌その他「業として」のメディアが社会の出来事などを広く一般に知らせること。その知らせ。

英語ではreport(=調査/研究報告書、報道、記事、議事録、評判 etc.)。
学生が書く「レポート」は英語ではpaper、研究者が書く研究報告書や学校側が出す通知表がreport。


●ニュース、新聞、ジャーナリズムとの違いを押さえよう

○ニュース(news 正しい発音はニュー★ズ★)は「新しいこと」「新しい知らせ」。報道と同じ意味の場合もある(ニューズのうち、業としての知らせが報道)。

NEWSは北東西南の頭文字。だから「ニュースは東西南北くまなく歩いて取れ」なんていう。現場取材を欠かすな、多方面に当たれってこと。

○新聞(新しい伝聞、新しい知らせ)≒ニュース

唐王朝の歴史書『新唐書』(編纂は北宋時代、1060年ころ)に「南楚新聞三卷あり」という記述があり、これは風聞、newsという意味。
→清朝末、中国に進出した欧米人が発行したnewspaperを中国人が古い言葉の「新聞」をあてて呼び、自分たちも発行。明治期、日本にnewsが入ってきたとき、訳語として(中国で使われていた)「新聞」があてられ、newspaperを「新聞紙」と呼び、自分たちも発行。

○Journalismは、個々の報道ではなく、報道全体(事業や社会的な営みとしての報道、報道の世界)を指す。

○informationは、広い意味で「情報・知識」、狭い意味で「案内」(特定分野の求めに応じた情報)。


●古来「報道」は権力者・支配者側の知らせだった!

○アクタ・ディウルナ(Acta Diurna)またはディウルナ

古代ローマの新聞のようなもので、これがジャーナル、ジャーナリズムの語源(ラテン語diurnus=日々の)。アクタは議事録で、BC59年からカエサルの命令で公式・定期的に発行(~330年)。このうち、民衆に知らせたほうがよいものをカエサルが公表させたのがアクタ・ディウルナ(またはディウルナ)。ローマ政庁(の広場)に掲げられた、政府広報としての壁新聞や掲示板。

ローマ政庁

たとえば、元老院でこれこれのことが決まった、ローマ軍がどこそこで大勝利を収めたといった知らせ(外地にいるローマ軍にも同じ知らせが届けられた)。カエサルの意に沿わないものは当然、発表されない。それがジャーナリズムのもともと。

○社会の木鐸

木鐸は、木の舌がついた金属製の大きな鈴。古代中国で政令を布告するとき、
木鐸を鳴らし民衆を集めて説明した。転じて「世論を喚起し、民衆を教え導く人物」を「(社会の)木鐸」と呼んだ。「新聞は社会の木鐸たれ」などというが、そもそも木鐸は権力者の布告の先触れにすぎない。【追記】新聞記者が「社会の木鐸たるわれわれが」というのは聞き苦しい。それは新聞の夜郎自大というべきだ。

報道と同じ意味の大規模なニュースは、近代より前には、権力者や支配者が民衆に伝えるニュース以外、基本的に成り立ちようがなかった(隣村からもたらされたり旅人が伝えたりするニュースは、報道ではなく、伝聞や噂の類い)。


●権力を監視し、ときに対峙する「報道」が成立するには?

1)報道する自由や権利が必要

近代的な「市民社会」が成立し、人びとの自由や人権が広く認められなければ、今日のような報道は本格的に成り立たちようがない。

その道筋の最初のものは 1297年のマグナ・カルタ(英、大憲章)。これは封建貴族と王の約束で、1689年の権利章典とともに現イギリス憲法の一角をなす(イギリスに成文憲法は★ない★)。続く1776年バージニア権利章典、1789年フランス人権宣言などで、近代人権思想が確立され、報道が成り立つ土壌がつくられていく。

本格的な市民社会は「国民国家」の成立と不可分。そこで「王をギロチンにかけろ! 民衆のための新聞だ!」と叫ぶだけでは済まない次の問題、近・現代国家とマスメディアの問題が始まる。どの国でも、国と(つまり国民国家を支える民衆と)ある程度うまくやっていかないかぎり、巨大メディアは維持できない。

2)報道する手段が必要

同じ内容を同時に多くの人びとに伝えなければ、報道は成り立たない。
そのための画期的な技術革新はグーテンベルク(ドイツ)による活版印刷の発明(1450年ころ)。以前の木版は大量印刷が難しかった。

以上の二つがあって初めて、近代的な新聞が成り立つ。
いまは2)の一部が電気通信に置き換わり(ラジオやテレビ)、さらにネットで報道が成り立つかという過渡期。


●報道は、技術革新を背景に、歴史的な大変動をへて、権力者の専有物から民衆の(ための)ものになった。
ならば、次のような問題に注意を払う必要があるだろう。


○誰のための報道か。時の政権のための報道か、社会をつくる人びと全体のための報道か。

○「報道の自由」は、与えられたものでなく獲得したもの。不断の営為によって維持すべきものではないか。

○第4権力(the fourth power)ともいわれるマスメディア。三権(議会・行政・司法)に次ぐパワー? 三権を監視するパワー?

注)もともとは第4階級(the fourth estate)とされ、19世紀イギリスで、聖職者・王侯貴族・庶民(the clergy, the nobility, and the commoners)に次ぐ社会的勢力となった新聞を指した。

○「ウォッチドッグ」(権力を監視する番犬)としてのマスメディアとは?
これと「反権力」は、どう違う?

○たとえば「反アベ」と叫ぶ新聞が、野党の不祥事に目をつぶっていたら、嘘くさい。といって首相に「それは新聞を読んでくれ」といわれる新聞も、嘘くさい。メディアは、どんな場所に立ち、どう立ち回るべきなのか?

【坂本 衛】

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