テレビ報道を考える!! 日本大学 藝術学部 放送学科 「放送特殊研究V」ブログ

テレビ報道を考える!! 日本大学 藝術学部 放送学科 「放送特殊研究V」ブログ

開設:2006-05-25 (通年 4単位 3年以上 選択 江古田校舎 放送学科専門科目)

日本大学藝術学部放送学科「放送特殊研究V」(担当講師/坂本 衛)のブログ。2012年度の授業テーマは「[実践!]ネットは放送を殺すか?──ネットを理解することで、放送をより深く知ろう」。

本日休講 2010-04-30

●本日休講

さっさとコメントを書き込みなさい。自己紹介と、戦時下の映像について。

●コメントについて、いくつかヒントを書いておく。

・前年度、あるいはそれ以前の書き込みを読み、参考にせよ(パクッてはダメ)。

・質問だけのコメントはダメ。質問する際は、自分の考えをまず述べる。で、それに関連して質問する。「みんなはどう思う?」と意見を募るときも同様。

・ただ「おもしろかった」「驚いた」「悲しかった」という感想だけじゃダメ。どこを、なぜ、そう思ったか書け。さらに、そう思った自分、自分の生きる時代について内省し、それを書け。

・映像や音声で気づいたことがあれば、どんどん書け。自分はこう分析する、と。

・ネットその他で調べたこと、こんなサイトがあったという報告も、どんどん書け。

・じいちゃんばあちゃん近所の人に聞いた、なんてのも歓迎。

・誰かのコメントに対する補足や反論も歓迎。

・コメントに坂本が突っ込む場合がある。それには速やかに対応すべし。書き込めば終わりではなく、フォローが必要。

●リンク再掲⇒コメント記入時の注意

学徒出陣(戦時下の映像その2) 2010-04-25

【4月23日に見せた映像その2】
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『学徒出陣』
1943(昭和18)年 15分 文部省
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●戦前の日本の映像で、どうしても受講生諸君に見せておきたいものを一つだけと言われれば、これを挙げる。現在の大学生に言いたいのは、たった一言「67年前でなくて、よかったね」。67年前であれば、男子学生は「生ら、もとより生還を期せず」と宣言して征った。女子学生は雨の中を見送った。私の父母、君らの祖父母は、この映像の学生たちと同世代で、この中の一人だったとしても何の不思議もない(実際、知り合いに行進した男子学生も見送りの女学生もいる)。だから、まったく他人事《ひとごと》ではない映像だ、ということに尽きる。

●みんな凛凛しく、実によい顔をしているのに、心撃たれる。顔を映す水たまり、行進するゲートル(巻き脚絆《きゃはん》)アップ、泥はねが高く飛んだ後ろ姿などをとらえたカメラも俊逸。アップになった顔は、みんなイケメンだ。観衆は動員された女学生や小中学生などだが、縦何列かが拍手していなかったのに気づいた? 引率教員がそう命じなかったのかも。

●特別に壮行会を開いてやるからありがたく思えという文部省のお上意識(露骨なナレーション)、「おめでとう」と祝って若者を戦地に送り出した首相・文部大臣(挨拶)その他の責任も、忘れずチェック。いつの時代も、首相や大臣の挨拶は実につまらん。

●勇壮というか悲壮な行進曲は、『抜刀隊』という明治初期の軍楽。その歌詞は以下。「古今無双の英雄」とは西郷隆盛のこと。抜刀隊は西南戦争時、田原《たばる》坂の戦いで臨時に編成された決死隊。

我は官軍我(わが)敵は、天地容れざる朝敵ぞ
敵の大將たる者は、古今無双の英雄で
之に從う兵(つわもの)は、共に慓悍(ひょうかん)決死の士
鬼神(きしん)に恥(はじ)ぬ勇あるも、天の許さぬ反逆を
起こしし者は昔より、榮えし例(ためし)あらざるぞ
敵の亡ぶる夫迄(それまで)は、進めや進め諸共に
玉散る剣(つるぎ)抜き聯(連)れて、死ぬる覺悟で進むべし

●学徒出陣とは?

以下、平凡社「世界大百科事典」
学徒出陣 がくとしゅつじん (執筆:粟屋 憲太郎)の項から引用。

太平洋戦争時に大学・高専在学生の徴兵適齢 (20 歳) 以上の者のうち,理科系,教員養成系以外の者の徴兵延期制度を撤廃して入隊させた措置。(中略)
従来,大学,高専の学生・生徒には徴兵猶予の特典があったが, 1941 年 10 月,大学,専門学校などの修学年限を 3 ヵ月短縮し,同年の卒業生を対象に 12 月臨時徴兵検査を実施し,繰上げ卒業により合格者を 42 年 2 月入隊させた。さらに 42 年には予科,高等学校を加えて修学年限を 6 ヵ月短縮し, 9 月卒業,10 月入隊の措置がとられた。ついで戦局悪化による下級将校の不足に対処するため, 43 年 10 月 2 日,在学徴集延期臨時特例が公布され,理工科系および教員養成学校を除く文科系高等教育諸学校在学生に対する徴兵延期撤廃の措置がとられた (なお,植民地の朝鮮でも同年 10 月学徒兵制を実施)。同時に〈昭和 18 年度臨時徴兵検査規則〉が公布され, 10,11 月に検査を実施し,丙種合格 (開放性結核患者を除く) までを 12 月に入隊させることになった。第 1 回学徒兵入隊を前にして,東京では 43 年 10 月 21 日,文部省学校報国団本部主催による出陣学徒壮行会が明治神宮外苑競技場で開かれ,東条英機首相,岡部長景文相出席のもと関東地方入隊学生を中心に 7 万人が集まった。このほか各地で壮行会が開かれたが,翌年の第 2 次〈出陣〉以降は壮行会さえ行われなかった。(後略)

なお、上記項目の記述によれば、学徒兵の総数は 13 万人に及んだと推定。

●学徒出陣の彼らが、日本で特別悲惨な目にあった若者たちということでは全然ないから注意。当時の若者は、満20歳(1943年からは19歳)の時に受ける徴兵検査に合格すれば、兵役に就いた。余裕がなくなってきて、20歳をすぎても猶予されていた者たちの例外扱い・特別扱いをやめた、という話。

靖国神社(戦時下の映像その1) 2010-04-24

【4月23日に見せた映像その1】
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『靖国神社』
1939(昭和14)年 20分 皆川芳造/謹製 指導監修/陸軍省情報部
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●皆川芳造は、アメリカのトーキー(フィルム端のサウンドトラックに音声を録音した音付き映画)技術を導入し、1927年から「ミナトーキー」なるトーキー映画を製作開始。1929年には発声映画株式会社を設立。戦後は、日本で最初にテレビ放送を導入しようとした人物の一人(正力松太郎らと組んだ)。

●鳥羽伏見の戦いが出てくる。靖国神社には、当時の官軍(政府軍)側の死者だけが祀られていることに注意。たとえば会津若松や函館五稜郭で幕府軍側として戦って死んだ者は「逆賊」。靖国には、彼らを殺傷した後に戦死した者を祀ってある。ということは、靖国神社で頭を下げると、自分の曾爺さんや曾々爺さんをブチ殺した者を神様として拝むことになってしまう日本人が、この国には少なからず存在する。西南戦争も同様。西郷隆盛は逆賊で、西郷や彼に従った者を殺傷してから戦死した者が祀られている。

●日本軍による空爆映像が出てくる。空襲はアメリカの専売特許と思っている人が多いかもしれないが、もちろん日本軍のほうが先に中国大陸でやった。1938年の重慶爆撃ね。それより前にやったのはドイツ軍で、37年のゲルニカ空爆。ピカソの絵は、これを描いたもの。当時、米英ともまだ参戦すらしていないが、結局は日独とも、メッタクソに空襲された。ドレスデン、東京、広島、長崎。

●昭和14年秋の段階で「英霊14万」としていることに注意。靖国神社の神様は246万柱の兵士などの霊だが、昭和15~20年までの6年弱で、232万人の霊を追加したわけだ。台湾と朝鮮半島を植民地とし満州国まで作ったのに要した戦死者が10万。それをパーにした(全部失った)戦争に要した戦死者が230万なのだから、太平洋戦争をやったのはバカだと、私は思う。

●なお、昭和20年8月までは朝鮮も台湾も「日本国」の一部であるから、246万柱の兵士などの霊には、朝鮮人や台湾人で日本軍に属し戦死した者の霊も含む。彼らの遺族が、たとえばキリスト教の信者で「自分の家族(夫、父、祖父など)の霊を、靖国神社の神様にするのはやめてほしい」という場合もあるが、靖国神社は「一度神様にしたものを神様でなくすることはできない」という立場。

●私の母の兄は、靖国神社に祀られている。ただし、この伯父は、敗戦後、軍を離れしばらく中国にとどまって働いた(かくまってくれた中国人があり、石炭袋をかつぐなどしていたそう)後に引き揚げてきた。その過酷な労働がたたって胸を病み、昭和23年だか24年だかに亡くなったが、戦病死ということにして靖国に祀られ、その妻に遺族年金も出たと。私の祖父・深澤銀蔵は静岡選出の国会議員(後に厚相)・神田博と親しかったから、そんな(政治的)ルートを使ったのかも。ようするに誰を神様とし、誰を神様にしないかは、かなりいい加減。神様になる基の名簿を作ったのは、復員省・庁(のち厚生省)の役人なので。社保庁見りゃ、いい加減さが想像できるというもの。

●映画の内容を詳しく紹介しているサイトがあった。難解というか、耳慣れない言葉などもわかるから読んでみよう。
国策映画ってどんなもん?

戦時下の映像を見せる前に 2010-04-23

●第2回ね。配布物は、放送批評懇談会マイベストTV賞の案内ビラ。

【だいたいこんな話】
●まず、この前の戦争に関連した映像を見せようと思う。「何の基礎知識も先入観もなしに映像を見る」というのも一つの方法だが、この授業は映像の分析や議論をするから、映像の背景となる基本的な知識をある程度、解説しておく必要があるだろう。「歴史的背景」ってことだが、

Q:この前の太平洋戦争は、いつからいつまで? 学生A:……。

Q:その後ろのあなたは? 学生B:1941年~1945年。

Q:歴史の勉強はどの程度やった? 学生C:小学校と中学校。高校は選択で取ったり取らなかったり。

Q:高校で日本史を選択しなかった者は手を挙げて。(過半数が挙手)

Q:ほとんどが小学校と中学校の歴史知識しかないということか? 学生D:そうです。やっても途中までとか。

Q:日本の歴史は、だいたいこういうところから始まって、こんな紆余曲折があって、今こうなったという大雑把な川のような流れを、イメージできる者は? 挙手して。(全員沈黙)

Q:鎌倉幕府は「いい国作れ」で1192年と知っているね。だから何だってんだ。今を知るために歴史を学ぶわけだろう。たとえば日本はGNPが世界第2位で今年中国に抜かれるが、一人あたりはさておき「国としては」依然として世界有数の金持ちだ。なんで? 歴史的な背景を1分で説明してくれ。学生E:高度成長がうまくいった。

Q:いま高度成長しているのは、中国・インド・ブラジルといった新興工業国。アフリカは高度成長しているか? してない。高度成長できるかどうかも歴史的背景によるわけだ。なんで日本は高度成長できた? 学生F:朝鮮特需があった。

Q:1950~53年の朝鮮戦争で特別な需要があったと。余談だが、この戦争いま「休戦中」って知っているか? 北朝鮮軍に対して戦ったのは米軍主体だが国連軍で、それ、いまも日本にいるんだよ(司令部があり、各国武官や要員が駐留中)。第二次朝鮮戦争が勃発すれば、在日米軍は自動的に国連軍になる。朝鮮特需が高度成長のきっかけだったのはその通りだが、朝鮮戦争がなければ日本は貧乏国のままか。そんなこともないだろ。といって、日本人が特別に勤勉でよく働いたから金持ちってこともない。そこに至る歴史的な背景は何? いまいう「先進国」が金持ち国だね。なんで先進国は、先進国なんだ? 学生G:戦争に勝ったから。

Q:中国その他がのしてくる前、たとえば20~30年前の金持ち国ベスト3は? 学生G:米日独。

Q:3国のうち2国が敗戦国だ。君の説明は違うんじゃないか? 学生G:違いますね。

Q:戦争に勝ったから先進国じゃなくて、戦争をやった連中が(勝っても負けても)先進国。つまり、第二次世界大戦以前に、先進国は先進国なわけだ。「列強」って連中よ。だって、戦前のアジアの独立国は日本、タイほか数えるほどで、中国はバラバラ、インド・ビルマ・オーストラリア・シンガポール・香港は英領、インドシナは仏領、インドネシアはオランダ領、フィリピンは米領(スペインからかっぱらった)、朝鮮台湾は日領。世界の大半を列強連中が植民地にしていて、そのかっぱらい競争で戦争したわけ。じゃ、なぜそのいくつかの国は、植民地にされる側ではなく支配する側になれた? 誰か説明して。学生:……。

●各国が世界にのしていったのは、15世紀以後の「大航海時代」ね。ワン・ピースじゃなくてコロンブス、マゼラン。当時の先進国スペインとポルトガルだ。その次が「重商主義」のオランダやベルギー。その次がイギリスとフランス。とくにイギリスが世界の海、広大な植民地を支配した。なぜか? ごくごく大雑把にいえば、「産業革命」を最初にやったから。これはつまり工業化。ワットの蒸気機関とか習っただろ。それまでの家内制手工業、親方と職人の世界から、機械制の工場に変わり、賃金労働者が登場すると。その工業力が国の力となった。早い話が、いまの先進国、かつての列強は、産業革命をやった連中。ドイツと日本は遅れて産業革命をやり(富岡の製糸工場とか官営八幡製鉄所、習っただろ。藩の施設を接収した「上からの産業革命」。八幡が富士製鉄とくっついたのが新日鉄だから、あれは明治の国策会社)、なんとか列強の仲間入りをしたが、遅れただけ取り分が少ないから、先にかっぱらったヤツと衝突した。で、世界戦争を二度やったと(注:日本は第一次世界大戦では戦勝国側)。

●以上の過程で、西欧列強が中国を狙って東アジアに出てくるときと、江戸時代の末が重なった。たとえばイギリスが清に対して仕掛けたアヘン戦争(1840年前後)を見て、ああなってはたまらん、ヤバいと、幕府も諸藩も危機意識を抱く。勝海舟にも坂本龍馬にも、その発想があったわけだ。あとは、自分で勉強しなさい!
超大雑把な歴史のお勉強!

●【後からの注】↑超駆け足で話しているので、細かい点に突っ込みを入れないよう。細部は自分で調べて。たとえば、第一次世界大戦の終結時、独立国は世界にいくつあったか、世界の陸地の何%が他国の植民地だったか、とかね。

【見せた映像については、掲載日を改める】

THE COVE、You Tubeなどにつき 2010-04-17

【第1回で話したことの追加】
●THE COVEは、先日試写を見てきた。直近のアカデミー賞長編ドキュメンタリー部門受賞作だが、受賞するだけのことはある出来だと思う。とくに「おもしろく見せる工夫」「おもしろがらせる演出」は学んでよい。

●テレビその他でも報道されたことのない映像を見ることができる。そのような映像を見る・見せるのはよいことだ(中身がどうであれ)というのが、私の立場。内容に文句があれば、見て文句を言えばよい。「反日的だから上映すべきでない」といった主張には、私は徹頭徹尾反対。なお、サンプルDVDも持っているが、諸君に見せると営業妨害になってしまうから、それはしない。興味のある者は映画館で見なさい。
THE COVE

●You Tubeは、いろいろと使える。たとえばヒトラーの1934年ナチ党大会を描いた記録(宣伝)映画『意思の勝利』は、ドイツ本国では上映・販売禁止のはずだが、全編を見ることができる。レニ・リーフェンシュタールの出世作。
意思の勝利

【THE COVEにつき、授業で話さなかったことを追加】
●映画製作者側(監督)は、和歌山県太地のイルカ猟(入江追い込み猟。猟は漁とも書く)をやめさせることがこの映画の目的だと、作中で語っている。だから、これは「宣伝映画」であり、一方的な主張を展開し、扇情的に作ってある。この映画の内容が一方的だ、バランスが取れていないという人があるが、当たり前。相対する主張のバランスを取る宣伝映画なんてアホなものはない。製作側が堂々と宣伝映画と明言しているものを「これは宣伝映画だ!」といっても、「そうですけど、何か?」といわれるだけで、批判したことにならないので注意。

●で、宣伝映画は一切見る価値がないというのであれば、戦時下の文部省の宣伝映画である『学徒出陣』も見る価値がないという話になってしまう。私は全然そう思わない。宣伝映画にも、よくできた映画もあるし、心を打つ映像も、学ぶべきものもある。まったく当ったり前の話だが、念のため。

●映画を見た者は、コメントを。あれこれ議論しよう。

2010年度 放送特殊研究Vが開講 2010-04-16

●2010年度 放送特殊研究Vが開講Vしました。使用教室はE210です。

●第1回は4月16日(金)2時限(午前10時40分~午後0時10分)。内容は、坂本の自己紹介、授業の狙い、進め方、ブログに関する注意、You Tubeについてなど。配布物は、ドキュメンタリー映画THE COVEのビラ。

【話したことの、おおよそ】
●学生諸君と話していて「話が通じないな」と思うことがよくある。たとえば、ある人物評を誰かに伝えるとき、「ほら、漱石の坊ちゃんみたいなヤツだよ」という。小説『坊ちゃん』を読んでいなければ当然、この言葉は通じない。同世代の私の友人たちに言えば、ほぼ100%通じるが、みんなはどうかな? 『坊ちゃん』を読んだことのある者は、手を挙げて(半分くらいか。予想より多かった)。じゃ、『山椒魚』は? 手を挙げて(全滅)。井伏鱒二の短編で、居心地よく身体のフィットする穴蔵(岩屋)にぐだぐだ寝暮らしていたら、出られなくなっちまった山椒魚の話ね。これは通じないわけだ。

●映像でも同じで、まあ現代の日本人として最低限これくらい見て、わかっておけと思う「共有(すべき)映像」押さえるべき「基本映像」というべきものがある。これも小説同様、どんどん共有されなくなっている。みんな放送学科にいるのに、テレビ見ないだろ。そこで、坂本がこのくらいは共有しておこうと考える映像を見せるのが当授業。

●その映像はドラマでもアニメでもいいわけだが、全ジャンルをカバーするのはキリがないし、私が若い頃から雑誌を中心とするジャーナリズムを仕事にし、その後もテレビ報道に関心を払ってきたことから、報道、ジャーナリズム、ドキュメンタリーといった分野を主に扱うこととする。テレビ登場以前のドキュメンタリー映像というのは映画。別に放送にこだわるわけでもない。

●映像を共有し、時代の理解や映像の議論の出発点・土台にしたい。ある映像についての坂本の見方は伝えるが、それを押しつけるつもりなど毛頭ない。ただ、自分で考え、自分なりの見方・立場を持つこと。漫然と、ボケッと見るんじゃない!

●授業を取っていない者も、勝手に入室して映像を見てかまわない。映画学科のヤツや演劇学科のヤツが見たほうがよいと思えば、連れてきて見せてやれ。

●ただ見っぱなしでは能がないから、映像を見て、感じたこと考えたことなどをブログのコメント欄に書いていき、議論していく。ブログは、どうしても差し障りがあるという者以外は実名で書く。必要あって実名以外を使いたい者は、その名前と理由を坂本にメールせよ。メールは坂本サイトの全ページから送信することができる。

●シラバスは、時間がないのでとりあえず昨年のを載せておいた。この通りとは限らない。

●時間がもったいないので、君たちの自己紹介は省略。受講生は青い紙を出しなさい。各人、第1回の授業ブログ(このページ)に自己紹介のコメントを書き込みなさい。

【質問「コメントの締め切りは?」に対し】
●とくに締め切りの設定はしない(だれそれはまだ書き込んでいないなど調べるほどヒマじゃない)。まあ、その映像を見た翌~翌々週とか月末くらいまでには書けば。時間がたつと中身を忘れるだろ。

【「受講生でなく聴講生なので、次週どんな映像を流すかわかるとありがたい」という学生に対し】
●なるべく、ブログに上映予定を書くようにする。

【以下を参照せよ】
前年度シラバス
コメント記入時の注意
坂本衛プロフィール

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日本大学藝術学部放送学科

●このブログは、日本大学藝術学部(日芸またはNGと略)放送学科の授業の一環として設置しています。もちろん学外の方も自由に閲覧やコメントしていただけます。学生らの活動を厳しく、ただし温かく見守っていただければ幸いです。学生には「ブログ炎上も授業のうち」といってあります。

●ブログ開設は2006年ですが、1999年からマスコミ演習、マスコミII、放送特殊研究Vといった授業を担当しており、2005年以前のレジュメなど古いものも置いてあります。(坂本 衛)