テレビ報道を考える!! 日本大学 藝術学部 放送学科 「放送特殊研究V」ブログ

テレビ報道を考える!! 日本大学 藝術学部 放送学科 「放送特殊研究V」ブログ

開設:2006-05-25 (通年 4単位 3年以上 選択 江古田校舎 放送学科専門科目)

日本大学藝術学部放送学科「放送特殊研究V」(担当講師/坂本 衛)のブログ。2012年度の授業テーマは「[実践!]ネットは放送を殺すか?──ネットを理解することで、放送をより深く知ろう」。

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「地上アナログ放送の終了延期=地デジ難民のゼロ化」を求める記者会見3月4日参院議員会館★全映像★ 2011-03-06

●はい、お疲れさん。日藝放送学科講師である坂本は、意を同じくする仲間たちとともに3月4日、「地上アナログ放送の終了延期=地デジ難民のゼロ化」を求める記者会見というものを開いた。OurPlanet-TVさんが取材し、記者会見の映像をYou Tubeにアップしてくれたので、参考資料として掲げておく。ノン編集完全版で長いが、見てテレビ報道について考えるように。





●「地上アナログ放送の終了延期=地デジ難民のゼロ化」を求める記者会見

●日時 2011年3月4日(金)昼12時~14時

●会場 参議院議員会館1階「講堂」(定員約200名)

●主催 地上アナログ放送「終了延期」プロジェクト

より詳しい記者会見のお知らせ

●要求書の発起人

岩崎貞明(『放送レポート』編集長)
小林潤一郎(編集者)
坂本 衛(ジャーナリスト)
清水英夫(青山学院大学名誉教授、弁護士)
砂川浩慶(立教大学社会学部准教授)
なだ いなだ(作家、医師)
原 寿雄(元共同通信社編集主幹)

●記者会見への出席者(登壇予定者)

上記発起人で出席できる者のほか、ゲスト登壇者数名(高齢者、障害者、共同住宅管理組合関係者、電器店関係者など、実際に地デジ移行の困難をかかえている方)。なお、国会議員のみなさんにもできる限り告知しますので、会場には議員・議員秘書の方がお見えかもしれません。登壇予定のない方(議員・研究者・放送関係者など)に、会場内から発言を求めることはあります。

●参考リンク

地上アナログ放送「終了延期」プロジェクトのサイト

地上アナログ放送「終了延期」プロジェクトのブログ

地上アナログ放送「終了延期」プロジェクトの掲示板
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地上アナログ放送「終了延期」プロジェクト(受講生諸君ご参考) 2011-02-01

●はい、お疲れさん。成績記入表は簡易書留の速達で出しておいた。このページの記事は、受講生諸君の参考までに掲載。以下は、坂本があるNPO団体のメンバー(でアドレスを知っている人)に送ったメールの抜粋。

●2011年度の放送特殊研究Vは、こんな研究──たとえば

◆地上アナログ放送終了(アナログ停波)または終了延期(アナログ停波延期)について

◆地上デジタル放送への完全移行における諸問題について

◆地上デジタル放送の完全実施(地上アナログ放送の全面停止)で、テレビの何が変わり、何が変わらないか

◆地デジ完全移行で、放送局の売上高・収益はどう変わったか

などを取り上げるのも悪くないかもしれない、と思っている。2011年度の受講を検討するために、このブログにたどり着いた諸君は、下記サイトをのぞいてみて(疑問なり意見なりをカキコするのも自由)。

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私どもは地上アナログ放送「終了延期」プロジェクトと称して、2011年7月24日に予定されている現行の地上アナログ放送終了を、2年余をメドに延期すべきと考え、活動を始めております。(詳しくはサイトで主張していきますが、2013年10月末までに段階的・エリア別に放送終了すべきというのが、現時点での考え方です)。

このたび、私どもの主張を広く世論に訴えるため、下記のサイトを開設しましたので、お知らせします。

※以下をクリックすると、新しいウィンドウに表示

地上アナログ放送「終了延期」プロジェクトのサイト
http://analogenki.web.fc2.com/

地上アナログ放送「終了延期」プロジェクトのブログ
http://analogenki.blog10.fc2.com/

地上アナログ放送「終了延期」プロジェクトの掲示板
http://analogenki.bbs.fc2.com/

なお、アナログ放送「終了延期」PTメンバーはサイトに掲載しています。私どもは、これらサイトで主張を広めていくほか、記者会見(3月上旬予定)、総務省への正式な申し入れ、各政党・政治家への働きかけなども予定しています。

ご興味がおありの方は、以上にアクセスのうえ、ご意見ご提案ご叱正などを(「終了延期」サイトからメールを打つ、「終了延期」ブログに書き込む、「終了延期」掲示板で議論する、などして)お寄せいただければ幸いです。サイトやブログをお持ちの方が紹介やリンクを張ってくださることも、大歓迎いたします。

また、アナログ放送「終了延期」プロジェクトの活動を支援してもよいというご奇特な方がいらっしゃれば、そのご意思ご表明もお願いします。

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受講生へ(【超重要】成績の件) 2011-01-28

【超重要】成績の件

注:このページの記載内容は、2010-12-04付けの内容と基本的に同じ(受講生は12月に読んでいなければおかしい)。タイトルや投稿日の日付けは2011年1月28日になっているが、サイトアップしたのは1月26日午前10時40分。

●放送特殊研究Vの成績は、授業への出席回数、授業での発言(回数と内容)、当ブログへのコメント(回数と内容)を総合的に判断してつけます。

●2010年11月13日の〈報道活動部門ギャラクシー賞受賞「報道活動」を見て、制作者と語る会〉への出席は成績をつける際の必須条件です(欠席事由を書面にて申し出た者のみ考慮する)。条件を満たす者の氏名は、2010年11月19日付けの記事に記載。そこに名前のない者で、どうしても単位が必要な者は、坂本に連絡しなさい。

●著しく出席回数が少ない者、および当ブログへのコメント回数が少ない者に、そのまま単位を与えてしまうと、まじめにやっている者の不満が大きい。なので、出席・コメント回数が少ない者には、以下の課題を与えます。この課題をクリアした者には、少なくとも単位がつきます。

【課題】……単位を与える最低の条件(全員共通)

【1】当ブログのコメント欄に、少なくとも15件のコメントを書き込むこと(授業冒頭の自己紹介コメントを含めて15件)。欠席して映像を見ていない者は、You Tubeその他で映像を探して見てからコメントする、映像以外の関連事項につきコメントする、などせよ。

【2】4年生は12月17日(金)の記事に、3年生は2011年1月28日(金)の記事(この記事)に、1年間の授業全体をふり返ってのコメントをつけること。その際、各自、自分が書き込んだコメントの件数を数えて、それが20件であればコメントの末尾に【20】というように、忘れずに書き込むこと。これが最低【15】でなければアウト!! 残念!! わかった?

【締め切り】

4年生……2010年12月19日夜24時(20日0時) ※20日昼までに成績を付け、21日16時までに教務課に提出しなければならないので。
3年生……2011年1月31日夜24時(2月1日0時) ※31日が教務課への提出締切日だが、1日に速達で出すので。

●卒業を予定する4年生は、とくに注意のこと。授業を取っているのに出席したのをあまり見たことがないという友だちには、ちゃんと伝えるように。

●坂本が今年度、当ブログに書いた記事の件数は35本だ(左の「月別の記事」のカッコ内の数字を足す)。その半数以下のコメントしか書き込まない受講生に単位を与えるのは、いくらなんでもヒドい、甘やかしすぎだという気もするが(日大のどの教授が、受講生の書くレポートの倍以上のボリュームがある文章を受講生向けに書くってんだ!?)、まあ、オマケしておく。

水俣─患者さんとその世界─(後半) 2011-01-21

【先週と今週はこれ↓】
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水俣─患者さんとその世界─
1971年(167分)
製作/高木隆太郎
監督/土本典昭
撮影/大津幸四郎
第1回世界環境映画祭グランプリ、マンハイム映画票デュキヤット賞、ベルン映画祭銀賞、ロカルノ映画祭第3位
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坂本による解説、つづき。

●『水俣─患者さんとその世界─』は土本典昭(つちもと のりあき、1928~2008年)の代表作。もう一本と言われれば、坂本は『ある機関助士』(1963年のデビュー作。国鉄のPR映画だが、カネを出させた国鉄の意図とはかけ離れた名作。最高のSL映画との呼び声も)を挙げるが、もっともこだわったのが水俣問題。『医学としての水俣病』三部作 (1975)はじめ20本近い映像作品を残した。

●土本典昭は、その目指す「未知のドキュメンタリー」を、「(1)歴史的な尺度での人間への信頼、(2)映画人としての独立。(3)そして何より、科学をもって四囲のデータをかため、その科学を表現としての芸術に高める」ことによってのみ到達できると定義。自らの映画づくりに、以上3点の条件を厳しく課した。土本は「いわゆる通常TV局の客観的報道なるもの、Aの意見、Bの意見をならべるといったものと画然と区別されるファクターは、右の3点のほかに、両者ともに正負にせよ関係を持続しぬく覚悟であろう」という。

●土本典昭に、水俣との関係を持続することを覚悟させたものは、65年にテレビ取材で水俣を訪れたとき、患者家族が土本にぶつけた「なして撮るか」「撮ったって少しも体がよくならんばい、この子は。人を見せ物にして」という言葉だったとされる。この言葉に衝撃を受けた土本は、水俣で家を借り、本格的な撮影を開始する。その最初のまとめが、この映画だ。

●「カメラが対象(被写体)によりそう」という言葉があるが、それとは違うね。カメラを担ぐ者の、そこに居着くことによる関係性の構築というか、どうしてもカメラを持ってそこにいたかった(で、彼らに会ったり、ともにいたかった)というか。以上の「関係性の構築」について、たとえば『ゆきゆきて、神軍』原一男の「関係性の構築」と比較して考えてみよう。そのあり方は大きく違うが、両者とも「関係性」について模索し、もがき苦しんでいることがわかるだろう。

●いずれにせよ一般的なテレビの報道は、なるべく「関係性の構築」をしないように、取材したり撮影したりする。その多くは「客観報道」という名の「傍観者報道」「ゆきずり報道」だと、坂本は考えている。それではダメだと思う者が、ドキュメンタリーを撮る。だが、東京キー局では報道しなければならない事象が多すぎ、日々時々刻々の「客観報道」を送り出すだけで精一杯。「ゆきずり」でない「居続け」をしているヒマがない。

●地方局も、人も時間もないが、地方局の「客観報道」の多くは東京発(たとえば国会とか内閣がどうしたという政治報道は、キー局のものをそのまま流す)。だから、地方発の「客観報道」(これもほぼ手一杯だけど)の合間に、たとえば毎週土日にディレクターがカメラマンを頼んで(あるいは頼まず自分でカメラを回して)被写体を訪ね、半年かけてドキュメンタリー1本撮るという余地があるわけだ。なお、以上は民放の話で、規模が大きく人・時間・カネに余裕があり、視聴率を気にしなくてよい(視聴率と収入額が連動しない)NHKは話が違う。NHKは本体で「居続け報道」ができる。

参考:↓読んでみるといい。

土本典昭の100年の海へ http://wcnt2009.blogspot.com/

《坂本が授業で言ったこと。時間がなく、昨年度以前の授業で言ったことも含む》

●最初は港の魚を食った猫が、狂ったように飛び跳ねたり、よろけたりして死んだ。小さいものが大きいものに食われる「食物連鎖」を知っているだろう。汚染物質は、汚染されているものを食ったものにだんだん溜まっていき、最後に食ったものに大量に蓄積する。それが猫や人間だった。

●神経症状が出るので、患者が(キチガイ、狂人、狂ったと)忌み嫌われ、ひどい差別を受けた。「病気がうつる」という話もあった。症状は比較的軽いが、患者であるという理由だけで離縁された女性が映画に出てくる。病気の影響がなかったら、あの人は田舎ではとびきりの美人だったんじゃないか。いちばんひどい患者差別は、当の水俣で起こるんだよ。水俣の周辺地区では、魚が水俣同様に売れなくなるという理由で、同じ症状の患者発生が隠匿された(冒頭エピソード)。たとえば東京のヤツは、自分たちとまったく関係ない話と思っていた。

●「なにが高度成長か」と絶叫する演説が出てくるが、そのとおりだと思う。後半、村むらを訪ねて日のあたらない患者を発掘し声を挙げよと説得する人が出てくるが、あの家並みを見ても、「あの頃の日本は貧しかったな」と実感する。日本がGDPで西ドイツを抜き世界第2位の経済大国になったのは1968年で、この映画はその後なのだ(ちなみに中国がGDPで日本を抜き世界第2位の経済大国になったのは2010年)。70年代まで患者発生が続いたこと、患者認定や補償裁判の経緯から、国・県による原因究明、対策、補償が話にならないほど遅れたことは疑いない。そういうデタラメな国、無責任な国、貧しい国が日本だ、ということを忘れるな。

●映画に出てくる胎児性の子ども(昭和34年生まれ、36年生まれ)は、坂本(33年生まれ)と同い年くらいだ。「これは自分が小学生のときのものだ」と見る私は、到底、他人事《ひとごと》とは思えない。ただ水俣湾に面した地域に生まれ、おっ母さんが港に上がる魚を食っただけで、目が見えず、まっすぐ歩けない。大昔の話ではない。私と同世代、諸君の両親と同世代で、いまだに苦しんでいる人がいる。そういう「事実」を視野に入れておけ。

●映画は静かな海の、漁師の小舟から始まる。タコを採ってるじいちゃんも出てくるね。若い患者の遊ぶ場面や、胎児性の女の子(たぶん坂本とそう変わらない歳だ)が、ほかの子どもが遊んでいたり生活感ただようなかで、なんというかひょろひょろと歩くシーン。直接、病気がどう原因企業がこうでと言わない、ああいうシーンが(私の場合は)目に焼きつく。監督・土本典昭も「これだ」と思い「おおっ」と感動しながら撮ったんじゃないかと思う。間違っても、単なる公害告発映画と考えないように。

《坂本が授業で言わなかった追加》

●水俣病患者の不幸は、イケイケドンドンの高度経済成長の犠牲になり、見捨てられ放置されたというだけではない。「公害とは階級問題である」と主張するようなバカどもに利用され、患者救済運動が反政府運動のようになりすぎた面がある(古い『現代用語の基礎知識』なんか読んでごらん。公害は階級問題だと書いてある。ソ連・中国・東欧諸国の公害問題をまったく説明できない妄想が、公然と語られていた)。あまり指摘されないが(何しろ救済運動側の責任大という主張だから)、そのことが問題をこじらせ、解決を遅らせたことは否定できない。検証が必要だ。

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2010年度の授業はこれでおしまい。お疲れ。3年の受講生は1月26日付けの記事を熟読のこと。

水俣─患者さんとその世界─(前半) 2011-01-14

【今週と来週はこれ↓】
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水俣─患者さんとその世界─
1971年(167分)
製作/高木隆太郎
監督/土本典昭
撮影/大津幸四郎
第1回世界環境映画祭グランプリ、マンハイム映画票デュキヤット賞、ベルン映画祭銀賞、ロカルノ映画祭第3位
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以下、水俣病の解説。平凡社「世界百科大事典」ほかを参考に、坂本が簡単にまとめた。

●水俣病とは?

工場排水に含まれた有機水銀(メチル水銀)が海や川の魚介類を汚染し、それを食べた人間が発症した有機水銀中毒で、日本を代表する公害病。熊本県水俣市で最初に発見され、この名がつく。水俣湾を中心とする水俣病は1956年ころから見られ、59年7月には熊本大学医学部水俣病研究班が新日本窒素肥料(チッソ)水俣工場の排水が汚染源と特定。日本政府の正式認定は68年9月。政府が正式に解決策を提示したのは95年12月。ほかに新潟水俣病 (阿賀野川有機水銀中毒)も知られる。

●水俣病の症状は?

症状は中枢神経系の障害が特徴的。初期の患者では手足のしびれ、脱力、歩行時動の揺、言葉不明瞭、手足痛などに始まり、痙攣《けいれん》、よだれ、ふるえ、さらに四肢麻痺《マヒ》、視力障害、意識混濁、精神錯乱がみられ、発病3か月以内に過半数が死亡。このような典型的なメチル水銀中毒の症状は、初めて詳細に報告したイギリスの医師ら名にちなみ「ハンター=ラッセル症候群」と呼ばれる。以上の典型的、急性で症状が重い患者のほか、患者の家族や近隣者にもさまざまな神経症状が認められ「潜在性水俣病」と呼ばれる(明らかになったのは70年以降)。母親が妊娠中に有機水銀に汚染された魚介類を食べた胎児が発症したものは「胎児性水俣病」と呼び、水俣で六十数例ある。症状は一般の脳性小児麻痺によく似ている。

●水俣病患者の数は?

患者発生は1950年代から70年代前半まで。なんらかの汚染を受けた住民は20万人以上との見方もある。96年1月時点で、公害健康被害補償法に基づく熊本・鹿児島両県の公害被害者認定審査会が正式に水俣病と認定したのは2260人(棄却1万4205人、審査未処理者1019人)。新潟の認定患者は690人(棄却1304人)。

●水俣病の責任問題、補償問題の経緯は?

1969年6月に患者29世帯がチッソを相手に総額約6億4000万円の損害賠償請求訴訟を起こし(一次訴訟)、73年3 月に患者勝訴の熊本地裁判決。その後、患者らの1年8か月の座り込み運動などをへて、73年7月に患者とチッソが「水俣病補償協定」締結。さらに認定を棄却された患者の二次訴訟、国・県の責任と水俣病認定を求めた三次訴訟と裁判闘争が続き、96年5月の和解では一定の神経症状のある1万4000人が一時金280万円と医療費・療養手当を受けることに。

●水俣湾に汚染がなく、安全と確認されたのはいつ?

熊本県と国は、チッソが36年間水俣湾にたれ流した水銀を含むヘドロを、500億円近い費用と14年の歳月をかけて埋め立て、1990年3月に工事完了。 水俣湾内の魚の水銀値が3年間安全基準以下であったとして、熊本県知事が安全宣言を出したのは実に、患者発生から40年近い1997年7月だった。

【補講】ボウリング・フォー・コロンバイン 2010-12-17

【先週と今週はこれ↓】
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ボウリング・フォー・コロンバイン/Bowling for Columbine
2002年、アメリカ
カンヌ国際映画祭55周年記念特別賞、シカゴ映画批評家協会賞最優秀ドキュメンタリー賞、アメリカ脚本家組合最優秀脚本賞(2002年)、アカデミー賞長篇ドキュメンタリー賞(2003年)など
120分
監督/マイケル・ムーア
製作総指揮/ウォルフラム・ティッチー
製作/チャールズ・ビショップ、ジム・チャルネッキ、マイケル・ドノバン、キャサリン・グリン
音楽/ジェフ・ギブス
編集/カート・イングファー
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●本日が2010年内の最後の授業です。1月にも後期の残り授業あり(4年は成績に関係ないが、もちろん出席してもかまわない)。

●4年はかならず「受講生へ(【超重要】成績の件) 101204」記事を熟読のこと!

ボウリング・フォー・コロンバイン/Bowling for Columbine 2010-12-10

【今週と来週はこれ↓】
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ボウリング・フォー・コロンバイン/Bowling for Columbine
2002年、アメリカ
カンヌ国際映画祭55周年記念特別賞、シカゴ映画批評家協会賞最優秀ドキュメンタリー賞、アメリカ脚本家組合最優秀脚本賞(2002年)、アカデミー賞長篇ドキュメンタリー賞(2003年)など
120分
監督/マイケル・ムーア
製作総指揮/ウォルフラム・ティッチー
製作/チャールズ・ビショップ、ジム・チャルネッキ、マイケル・ドノバン、キャサリン・グリン
音楽/ジェフ・ギブス
編集/カート・イングファー
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●概要
1999年4月20日のコロンバイン高校銃乱射事件を中心に、銃社会アメリカを描き、告発するドキュメンタリー映画。インタビューで登場するのは、事件の被害者遺族、コロンバイン市民、犯人二人が心酔していたマリリン・マンソン、全米ライフル協会会長の俳優チャールトン・ヘストン、『サウスパーク』製作者マット・ストーン、銃弾を売る全米2位のスーパーチェーン・Kマート広報担当など。アメリカの歴史、アメリカ以外の先進諸国の事例、銃普及率が高いが犯罪発生率が低い隣国カナダの検証なども重ねていく。

●参考
○受賞した四つを紹介したが、これ以外にも受賞多数。2002~03年には、主なドキュメンタリー映画賞の多くを受賞している。
○興行収入が全世界で4000万ドル(ざっと50億円)といわれ、ドキュメンタリー映画では、おそらく過去最高のヒット作と思われる。
○これは銃社会アメリカを告発するキャンペーン映画。ある意味で宣伝映画、プロパガンダ映画と言ってもよい。監督は、アメリカは銃規制をすべきだと思っているから、もちろん政治的に中立・公正な映画ではない。というか、本講座で流したドキュメンタリーで、政治的に中立・公正なものがあったっけ? あるいは、これこそが客観報道だなんてものが、あった?
○マイケル・ムーアは日本の原一男を高く買っているようで、対談などしている。

●課題
ごく大雑把にいうと、最近(ここ10年ばかり)のドキュメンタリー映画の世界的傾向は、環境関連の自然ものと、本作のマイケル・ムーアや『The Cove』のような告発キャンペーンものに大きく分かれる。で、それ以外のもの(たとえば歴史もの、記録もの、一人の人間に迫るものなど)のウェイトが小さくなっている。その理由を考えてみよう。

●坂本は、9日20時まで立命館大学「報道ジャーナリスト養成塾」講義@びわこ草津キャンパスがあり、朝10時40分までに帰ってくることができない。なので、すまんけど、よろしくね。17日は補講があります。単位(ひいては卒業の可否)に関係するので、受講生は必ず出席のこと(とくに4年生)。

●4年はかならず「受講生へ(【超重要】成績の件) 101204」記事を熟読のこと!

WikiLeaksに関して見ておけ! 2010-12-05

●いま、ウィキリークスに関して、米公電25万件が流出した、その中には米外交官がどの国のトップをどう評したなんて話が満載だと、問題になっているね。当授業では、尖閣問題のYou Tube流出映像を見せたが、次の映像も欠かせないと思うので、紹介しておく。

Collateral Murder

●以下は記事の要約(坂本のいい加減な訳だ。間違いがあれば指摘せよ)

2010年7月6日更新。合衆国陸軍バグダッド勤務の情報分析担当官ブラッドリー・マニング上等兵(22歳)(注:Privateは上等兵または一等兵・二等兵) は、このビデオを公開したかどで告発された(伝えられるところでは売国的なジャーナリストに話した後に)。 ペンタゴン文書事件(71年)の背後にいた内部告発者ダニエル・エルスバーグはマニング氏を「英雄」と呼んだ。彼は現在クウェートで収監されている。このビデオが示す米攻撃ヘリ「アパッチ」乗務員と彼らをかばう者は、いまだ告発されていない。マンニング上等兵支援のためbradleymanning.orgを見てほしい。

bradleymanning.org

WikiLeaksは東部時間2010年4月5日10時44分、イラクの新バグダッド郊外で、ロイター通信社ニューススタッフ2名を含む1ダース以上の人々を無差別殺戮したことを示す米軍の機密ビデオを公開した。

ロイター社は、攻撃時から情報公開法によってビデオを入手しようとしたが、できなかった。アパッチヘリの銃眼から撮影されたビデオからは、負傷したロイター社員と救助する者が何も挑発していないのに殺されたことは明らかだ。救出に関与した二人の子どもも重傷を負った。

軍はどのようにロイタースタッフが殺されたか明らかにせず、また、子どもが負傷した理由も知らないと述べた。

要求の後にロイターの要求後、事件の調査が行われ、米軍は米兵の行動が武力紛争に関する法律とその交戦規則どおりであったと結論づけた。

したがってWikiLeaksは、この殺戮の以前、間、以後のルールを明らかにするために、機密であった2006、2007、2008年の交戦規則を公開した。

WikiLeaksは、オリジナルの38分ビデオと短いバージョンの両方を当初の分析付きで公開した。通信記録から字幕を付け加えた。

WikiLeaksは、軍の多くの内部告発者からサポート書類を得たように、このビデオを得た。 WikiLeaksは得た情報の信憑性を確認するためにあらゆることをする。私たちはさまざまな基礎資料から事件についての情報を分析した。私はたちは直接事件に関係した目撃者やジャーナリストとも話した。

WikiLeaks は、すべてのリーク情報が、それが値する注意を得ることを望む。とくに今回の事件で殺された何人かは、ただ自分の仕事をしていただけのジャーナリストだった。その仕事は、戦争についてレポートするために命を危険にさらすことだが。イラクはジャーナリストにとって非常に危険な場所だ。2003~2009年に139人のジャーナリストが殉職した。

●現時点(2010年12月5日)までに、WikiLeaksサイトは、某米国政府その他がサイバー攻撃をかけて閲覧できないようにしているほか、サーバー管理会社にWikiLeaksを排除するよう強く働きかけている。

●You Tubeで「Collateral Murder」と検索しても同じ映像が出てくるが、全世界844万人が見たものは、アカウント・年齢認証が必要。

●【参考記事:共同通信 2010/07/30 10:37】

(見出し)流出源は22歳上等兵か アフガン文書、報復懸念も

(写真キャプション)米軍のブラッドリー・マニング上等兵=撮影日不明(AP=共同)

 【ワシントン共同】アフガニスタン駐留米軍などの機密文書9万点以上がウェブサイト「ウィキリークス」に流出した問題で、米紙ウォールストリート・ジャーナルは29日、国防当局者の話として、イラク駐留米軍情報部門で勤務経験のあるブラッドリー・マニング上等兵(22)が文書を入手した証拠を米軍当局がつかみ、流出源との見方を強めたと報じた。

 文書には、反政府武装勢力タリバンなどの情報を米軍に提供した多数のアフガン人氏名が含まれていることも判明、報復の恐れを指摘する声が上がっている。

 ゲーツ国防長官は同日の記者会見で、流出によってアフガン側との信頼関係が揺らいだと指摘し「戦場への影響は深刻」と表明。連邦捜査局(FBI)に捜査協力を依頼したと述べた。ウィキリークスに対する捜査を視野に入れているとみられる。

 マニング上等兵は、米軍ヘリコプターがバグダッドでイラク民間人らを誤射する場面の機密映像などをウィキリークスに提供した容疑で、今月逮捕された。使用していたコンピューターを調べた結果、今回の機密文書をダウンロードした証拠が見つかったという。

●どう思う? イラク戦争は2003年3月20日に開戦して、4月9日頃にバクダッド陥落、5月はじめにブッシュ米大統領が大規模戦闘の終結宣言を出した。それから4年たってなお、イラクで望遠カメラ(RPGとか言っているのが、肩乗せのロケット砲と誤認? RPG-7は映画『ブラックホーク・ダウン』に出てきた。北朝鮮不審船も積んでいた)とかカメラバッグ(三脚バッグは確かに銃が入るけどね)なんか持っていて、徒党を組んでいると、いきなりヘリから攻撃されると。子どもも容赦しないぞ、と。もちろん補償なんか一切出ないし、謝罪もない。交戦規則通りの、アメリカ軍としての通常業務であると。──というのはまずいんじゃないか、という内部告発(機密漏洩)なわけだ。これは、ほんとうに(アメリカ首脳がいうように)ただの盗人で犯罪者の仕業なのか?

⇒【参考:こんなページも】WikiLeaks が公開した"Collateral Murder"を確認してみた

⇒【参考:坂本サイト】Four More Years!! うーん、またこのお方と4年間も……

●この前、Googleがそんなにすごいのか?って話をしただろう。Googleに「Four More Years」って入れて、何が出るかやってみな。何万件中の検索結果かも見てみ。

受講生へ(【超重要】成績の件) 2010-12-04

【超重要】成績の件

●放送特殊研究Vの成績は、授業への出席回数、授業での発言(回数と内容)、当ブログへのコメント(回数と内容)を総合的に判断してつけます。

●2010年11月13日の〈報道活動部門ギャラクシー賞受賞「報道活動」を見て、制作者と語る会〉への出席は成績をつける際の必須条件です(欠席事由を書面にて申し出た者のみ考慮する)。

●著しく出席回数が少ない者、および当ブログへのコメント回数が少ない者に、そのまま単位を与えてしまうと、まじめにやっている者の不満が大きい。なので、出席・コメント回数が少ない者には、以下の課題を与えます。この課題をクリアした者には、少なくとも単位がつきます。

【課題】……単位を与える最低の条件(全員共通)

【1】当ブログのコメント欄に、少なくとも15件のコメントを書き込むこと(授業冒頭の自己紹介コメントを含めて15件)。欠席して映像を見ていない者は、You Tubeその他で映像を探して見てからコメントする、映像以外の関連事項につきコメントする、などせよ。

【2】4年生は12月17日(金)の記事に、3年生は2011年1月28日(金)の記事に、1年間の授業全体をふり返ってのコメントをつけること。その際、各自、自分が書き込んだコメントの件数を数えて、それが20件であればコメントの末尾に【20】というように、忘れずに書き込むこと。これが最低【15】でなければアウト!! 残念!! わかった?

【締め切り】

4年生……2010年12月19日夜24時(20日0時) ※20日昼までに成績を付け、21日16時までに教務課に提出しなければならないので。
3年生……2011年1月31日夜24時(2月1日0時)

●卒業を予定する4年生は、とくに注意のこと。授業を取っているのに出席したのをあまり見たことがないという友だちには、ちゃんと伝えるように。

●坂本が今年度、当ブログに書いた記事の件数は30近い(左の「月別の記事」のカッコ内の数字を足す)。その半数のコメントしか書き込まない受講生に単位を与えるのは、いくらなんでもヒドい、甘やかしすぎだという気もするが、まあ、オマケしておく。若年層の失業率10%近い状況にも鑑みて。

ゆきゆきて神軍(原一男)後半 2010-12-03

●3日に話し、学内に掲示した成績の件は、12月4日の記事を参照のこと!!


【先週と今週はこれ↓】
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ゆきゆきて神軍
1887年 疾走プロダクション作品
122分
製作/小林佐智子(原一男の奥さん)
監督・撮影/原一男
録音/栗林豊彦
編集・構成/鍋島惇
日本映画監督協会新人賞、ベルリン映画祭カリガリ映画賞、日本映画ペンクラブベスト1位、毎日映画コンクール監督賞ほか
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●ドキュメンタリー青春『おれはガンじゃない!片腕の俳優 高橋英二の1年半』を撮った頃(1970年前後)の田原総一朗や、その後の原一男がよく使った言葉に”対象との共犯関係”(対象とはカメラの。カメラに撮られる者)というのがある。カメラを向ける主体と向けられる対象、取材者と被取材者なんてものが、こっち側とむこう側というようにハッキリ区別できるのか。被取材者はカメラを向けただけで、いつもと違う者になる。取材者もカメラが映す対象によって、どんどん変質していく。映像はそんな相互作用で作られていく。撮す者と撮される者の間に一種の共犯関係が成立している。客観なんてウソだ。テレビカメラは、その関係を生み出す暴力的装置ともいえる。そのことを認識しない映像作品てのは、これは違うだろう──てな考え方だ。これは、互いに共犯であることを強く自覚した典型的なドキュメンタリーともいえる。

●日テレ電波少年が「アポナシ」って言葉を流通させた。でも、そんなのは昔からあるわけ。

●この映画に出てくる『岸壁の母』は、坂本が聞いた中でいちばん感動的な『岸壁の母』だな。昭和20年代の末頃、菊池章子(昭和22年の『星の流れに』で有名)が歌って大流行した。70年代以降は二葉百合子が浪曲調で歌い、いまでも懐メロ番組ではこの人が歌う(菊地章子は故人)。

●奥崎のキャラがものすごくとんでもないので見過ごされがちだが、奥崎がたずねる日本兵たちも、それぞれ個性的でおもしろい。みんな普通の人だが、普通でない。人間の肉を食い、生死の境をさまよい、その過去を封印して戦後を長く生き、子どもを育て、家を持った。奥崎が責任追及するのは勝手だが、みなそれぞれ立派なものだ。きみらの爺さん婆さんや、きみらのひい爺さんひい婆さんも同じで、それぞれが立派に戦ったのよ。

●坂本は、とくに山田吉太郎という人に惹かれる。自宅に小さな祠《ほこら》を作って拝んでいたと。記録を書き残したが「何から何まで全部食った」と書いたことで察してもらうしかないのだと。太平洋戦争は、山田さんのような兵士を生んだしょうもない戦争だったということは、繰り返し語られてよい。奥崎と山田は「天罰だ」「断じて違う」と言い合う。奥崎の天罰論は「誰かのせい、何かのせい」論に聞こえる。山田のは自己責任論で、ただし封印させておくれよ、と。私は山田の言い分に共感する。

●ところで、靖国神社に英霊246万柱が祀られていることは知っているだろう。その数十万以上は、弾に撃たれたり砲弾や爆弾で吹き飛ばされて死んだのではない。マラリアのような病気で死んだか、飢え死にしたかのどちらかだ。靖国の神様(出雲大社の神様は大国主命というのと同じ意味で、靖国神社の神様は246万の兵士その他の霊だ)の中には、戦友を食った者も、戦友に食われた者もいる。もちろん兵站《へいたん》を無視したトンデモ作戦計画を立て、捕虜になるならば死ねと命じ、兵士たちを無駄に死なせた軍幹部たちも神様だ。ついでにいえば、明治新政府側で幕府軍側の日本人を殺した者たちも神様だ(新政府側だったが後に逆賊とされた西郷隆盛なんかは、靖国には入れてもらえない)。もちろん靖国神社にお参りするのもしないのも自由だが、そういうことは知っておいたほうがよい。会津や鹿児島出身者は、靖国神社で拝むと、自分のひいひいじいさんとかばあさんを殺したヤツを拝むことになってしまうからだよ。

●ニューギニア方面でこんなことがあったと示す映像は、日本には極めて少ない。NHKスペシャルなんかでは、絶対にやらないネタ。その意味でも貴重な映像だ。ただし、日本人はなんて野蛮なの、とか間違えないように。「アンデスの聖餐」というのがあるが、極限状態ではヒトはヒトの肉を食いますよ。人間だけが残酷なんじゃない、チンパンジーだって同じ(余計な話だが、アメリカで最近、脱走チンパンジーがヒトを襲って食った。アメリカではチンパン観が一変し、チンパンと遊ぼう式のテレビ番組が一斉に打ち切られ、本を書いてた研究者なんかがヤバいことになっているそう。友人のサル学者の話による)。

●見終わって、後味が悪い人は少なくないはず。田原の昔のドキュメンタリーもそう。”共犯”とは、対象者と撮影・取材者をごたまぜにする(それが基本)だけでなくて、演技と本気、主観と客観、シナリオとハプニング、経過と結論、冷徹な観察と熱い感情移入、マジと冗談といったものを全部ごたまぜにして、そのまま提示することになる(突き詰めるとそうなるでしょ)。そのもやもやというか、何一つ解決しない感じが、不快感や後味の悪さに直結する。しかも、それを提示することで、映像を見る観客をも”共犯関係”に引っ張り込もうとしている。そんなのはゴメンだ、と観客が言っても、たとえば映画館でおカネを払った、あるいはDVDを買ったあなた、そのおカネの何%か監督・原一男はいただきましたから、知ってか知らずか、とっくの昔に”共犯”ですよ、と。

●さまざまな感想があるだろうが、一言でいえば、やっぱり傑作というしかないと思うね。ただ、最後のほうは、グジャグジャだ。詳しい話は忘れてしまったが、どこかで奥崎との関係が悪くなり、映像が撮れなくなったんじゃなかったかな。これも『高橋英二』に似ているわけね。

ゆきゆきて神軍(原一男)前半 2010-11-26

【今週と次週はこれ↓】
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ゆきゆきて神軍
1887年 疾走プロダクション作品
122分
製作/小林佐智子(原一男の奥さん)
監督・撮影/原一男
録音/栗林豊彦
編集・構成/鍋島惇
日本映画監督協会新人賞、ベルリン映画祭カリガリ映画賞、日本映画ペンクラブベスト1位、毎日映画コンクール監督賞ほか
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●疾走プロサイトの惹句

87年の日本映画界を震撼させた驚愕の作品。
天皇の戦争責任に迫る過激なアナーキスト・奥崎謙三を追った衝撃のドキュメンタリー。
神戸市で妻とバッテリー商を営む奥崎謙三は、たったひとりの「神軍平等兵」として、・神軍・の旗たなびく車に乗り、今日も日本列島を疾駆する。
生き残った元兵士たちの口から戦後36年目にしてはじめて、驚くべき事件の真実と戦争の実態が明かされる…。
平和ニッポンを鮮やかに過激に撃ち抜いた原一男渾身の大ヒット・ドキュメンタリー

●あらすじ(注意 ネタバレあり)

神戸市でバッテリー商を営む奥崎謙三は、ニューギニア戦線の生き残り兵士。かつて、死んだ戦友の怨念を込め、「ヤマザキ、天皇を撃て!」と叫びつつ、天皇にパチンコ玉4発を撃った。映画は、奥崎が新左翼過激派の結婚式に立ち会うシーンから始まる。

奥崎はニューギニアに埋葬した島本一等兵の母を訪ねた。島本の母は墓の前で「岸壁の母」を歌う。奥崎は、母をニューギニアに行こうと誘う。

奥崎の所属した独立工兵第36連隊では、終戦後20日以上たってから「敵前逃亡」で兵士二人が銃殺された。奥崎は、吉沢徹之助の妹・崎本倫子、野村甚平の弟・寿也とともに、処刑に関与した上官らを訪ね、当時の状況を聞き出そうとする。

語りたくない、決して語ってはならないという者、処刑の様子を語り空砲を撃ったという者、上官の命令は絶対と述懐する者……。極限状況のなか人肉を食べたとの証言まで飛び出す。ときに下手に出てなだめすかし、ときに恫喝し、ときに激高しブチ切れ、暴力をふるう奥崎謙三。あるとき吉沢の妹・野村の弟は奥崎と絶縁する。

奥崎は、妻と知人に遺族役を演じさせ、古清水・元中隊長を訪ねて真相を質す。また、山田吉太郎・元軍曹を再び訪ねて、悲惨な体験を証言せよと迫る。

1983年12月15日、奥崎は古清水宅を訪ね、居合わせた息子に拳銃を発射して逮捕された。3年後には妻・シズミが死亡。87年1月28日、奥崎は徴役12年の実刑判決を受けた。映画は、以上を新聞見出しや字幕で告げる。

●原一男は、田原総一朗の著書『青春 この狂気するもの』(三一新書 1969年)を読んで、大きな影響を受けたという。田原総一朗監督「あらかじめ失われた恋人たちよ」の助監督を志望したが、かなわなかった。その後、テレビの仕事で田原のアシスタントをした。「ゆきゆきて神軍」の公開直後、坂本は田原総一朗とともに原一男に会った(企画・高橋良典、担当編集・阿部博も同席)。ホテルの一室にテレビ・VTRを持ち込んでベッドの上に置き、映画を見ながら、田原が原一男にインタビュー。その原稿は、月刊誌「潮」に田原名義で載った(書いたのは坂本)。誰か、図書館ででも探してみて。

「原一男ブログ」や「疾走プロ」サイトものぞいてみよう。

本日はお休み 2010-11-19

本日は、全学が休み、または芸術学部(江古田キャンパス)全体が休みらしい。また来週。

ところで、13日の特別授業に書面で欠席事由を提出した者は、今井沙織、桑島美奈、林実季、本田裕也、滝文絵、有馬穂奈美の6名(有馬は事後提出)。13日当日に受付で氏名を記入した者は、26日に米山明李助手に確認してもらったところ、渡邉優人、瀬戸口将史、須貝裕太朗、高橋慧人、小林将大、青木達也、渡邊裕一、中島麻里、中竹留梨(以上4年)長曽我部洋、藤原香弥、冨田奈央子、宮嶋楠人、冨岡海翔、福田浩大、中村光輝、濱田桃子、上原彩子、久田智志、秋田尭律の20名。

以上6名と13日の出席者20名以外は、成績がつかなくてよいわけね。

それでは困るという者(とくに4年)は、授業のあとに坂本まで名乗り出ること。授業に出ないでメールかなんかで済まそうってのはマズいよな、いくらなんでも。

報道活動部門ギャラクシー賞受賞「報道活動」を見て、制作者と語る会 2010-11-13

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報道活動部門ギャラクシー賞受賞「報道活動」を見て、制作者と語る会
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※どなたでも入場できます。坂本担当の日大芸術学部放送学科「放送特殊研究V」受講生は出席必須(出席した者または書面にて正当な欠席事由を提出した者以外には、成績をつけない)
◆日時:2010年11月13日(土)13:00~17:00(開場12:30)
◆場所:日本大学藝術学部江古田キャンパス(西武池袋線各駅停車にて江古田駅下車 北口より徒歩3分) 東棟2階 E207教室
◆入場無料(定員100名) ※事前申込み不要。どなたでも入場できます。
◆主催:放送批評懇談会ギャラクシー賞報道活動部門委員会(委員長/碓井広義 副委員長/市村元 委員/今村庸一 小田桐誠 加来由子 兼高聖雄 鈴木典之 鈴木嘉一 中村正敏 堀木卓也 宮前周司)
◆後援:日本大学藝術学部放送学科
【プログラム】※局から来ていただいた6名以外は、放送批評懇談会の報道活動部門選奨委員(ただし2010年6月に任期が終わり退任した者を含む)
12:30 開場/受付開始
13:00~13:05 開会あいさつ
13:05~14:15(part1)
◆北海道テレビ「議会ウォッチ」上映
◆札幌テレビ「聴覚障害偽装事件における一連の報道」上映
◆ディスカッション《終了後10分休憩》
北村稔(北海道テレビ)、眞鍋浩史(札幌テレビ)、麻生千晶(作家)、山田健太(専修大学)
14:25~15:35(part2)
◆伊那ケーブルテレビジョン「上伊那の戦争遺構シリーズ」上映
◆朝日放送「NEWSゆう+ 追及!終わらない年金問題」上映
◆ディスカッション《終了後10分休憩》
伊藤秀男(伊那CATV)、天本周一(朝日放送)、露木茂(東京国際大学)、坂本衛(ジャーナリスト)
15:45~16:55(part3)
◆AMラジオ災害問題協議会「関西発いのちのラジオ 災害への備え」試聴
◆鹿児島テレビ「ナマ・イキVOICE~オンナたちの小さな挑戦・20年」上映
◆ディスカッション
谷五郎(ラジオ関西)、石神由美子(鹿児島テレビ)、鈴木典之(放送批評家)、小田桐誠(ジャーナリスト)
16:55~17:00 閉会あいさつ
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以下、坂本サイト「日録メモ風更新情報」2010年11月14日付の記事を転載

●13日は、日大江古田校舎までカメラバッグを転がしていく。控室にて、放送批評懇談会ギャラクシー賞報道活動部門・前委員長として一言ご挨拶。「遠路はるばるありがとうございます。私たちが、2009年度、日本でいちばんすばらしい報道活動だと6本を選ばせてもらったのが、今日お出でいただいたみなさんの作品です。改めて見て活発に議論し、楽しい集いにしたいと思います。よろしくお願いします」とかなんとか

●で、part1で早速トラブル発生。北海道テレビさんのDVDが認識できず、札幌テレビさんのDVDがカクカク一瞬止まりつつの上映(終わりのほうで止まっちまった)。現・委員長で司会の碓井広義が「生放送みたいですね。よくあることです」とつなぎ、ディスカッションに移行。現・委員の兼高聖雄・日大教授とスタッフ学生が汗だくで、異なるプレーヤー二台とPCに接続を換えて試すも、北海道テレビDVDは認識不能。あとで別のDVD(応募時の1時間もの)を流すことに

●part2は私も登壇したので、やや詳しくレポしておきましょう。伊那CATVの伊藤秀男「戦争関連の報道といえば、とかく終戦の8月15日や東京大空襲の3月10日にからめてとなるが、そういうものではないだろうと。毎週1人を取材し番組にしていった」。朝日放送の天本周一「きっかけは年金の不正免除(収納成績を上げるため勝手に免除世帯にしてしまう)の取材。それを進めるうち、年金受給の窓口で『記録が消えている』という人が多いとの話をつかんだ。5~6回放送した後、テレビ朝日・報道ステーションが伝えて大反響に。これが2007~08年。その後、政権交代があっても問題は依然として解決していないから報道を続けた。東京キー局に言っても『年金じゃ、数字取れないからなぁ』といわれる」。露木茂「東京キー局と地方局の違いが如実にわかる。東京では『A面・B面』という。A面は全中(全国中継)の大きなネタで、キー局はそれを全国発信し、数字を取ろうとする。伊那CATVも朝日放送の報道は、そうではないからこそ貴重であり、高く評価できる」。坂本「いま露木さんが、キー局の大きく強い反省を込めて解説されたことに、あまり付け加えることもない。伊那CATVは小さい。どのくらい小さいですか?」。伊藤「2万6000件加入」。「東京では町の人口にすぎない。しかし、戦争責任の問題は、そんな地元にこそある。65年前に日本人は平和主義だったが、軍部によって戦争に巻き込まれたみんな被害者だ、なんてバカな話はない。日本人一人ひとりが戦争をやった。長野の教育界は戦争協力者どころか戦争推進者だ。そんな問題を地域で一つひとつつぶしていくことが重要だろう。それを伊那CATVはやろうとした。キー局は『折折の報道』以外、やっていない。たとえば差別問題。新宿で学区撤廃をしたとき特殊学級(若竹学級)のある小学校に子どもを通わせたくないという親たちによって、小学校が一つつぶれた。差別は厳然といま、ここにある。しかし、これを報道した東京の放送局は一つもない。伊那CATVの報道は、昔のエラい人の責任を追及することになるから、地元ゆえの難しさもあっただろう。それに挑戦した意欲を買う。大阪朝日も消えた5000万の年金記録問題を、まだ3000万は消えたままではないかと、しつこく報じた。海保映像流出報道を見ても、キー局は『集中豪雨型報道』『瞬間湯沸かし器的報道』で、ワーッと過熱しスーッと冷めてしまう。そうではない、しつこい報道を高く評価する」。例によって、ICレコーダを聞き直すなんて面倒なことはしてないので、こんな感じの話だったということで

●part3は、照明を落とし、まずラジオを聴く。阪神・淡路大震災のときの現場レポートで記者「どうされました?」「いま家から逃げてきた。自宅は丸焼けだ」「たいへんな目に……」「息子が家の下敷きになった。足を引っ張ったが出せなかった。息子は『オヤジ、逃げてくれ』と言った」「えっ!? 息子さんが下敷きに? おいくつですか」「30、ええと38かな(←30代は間違いないが、聞き直していないので、34だったかも。オヤジさんはちょっと考えて年を言った)。火が回ってきて」「……(絶句)」。まさに言葉を失う生中継です。これもキー局には絶対、報道できない。テレビにもできず、機動力あるラジオにしかできない。記者側も何と言ってよいかわからず、かろうじて年齢を聞いた。なお、この息子を亡くされたオヤジさんは、このラジオ中継をまったく記憶していないそう。余談ですが、NHKラジオは震度5以上だとラジオ・テレビともに同じ全国向け総合放送になる(ラジオでテレビの音を流す)ので、神戸市長田区でラジオを聞きながら逃げ惑う人に役立つ情報を伝えることができない(いまもその体制かどうかは調べていません。私はこのことを繰り返し批判的に書いています。教育テレビの安否情報もクソの役に立たないから止めるべきだとも、繰り返し書いている。当時のNHK経営企画室の若手は「あれはただの視聴者対策。実効性は皆無で役に立たない」と断言した。いつかNHKの災害報道は反省が足りないとGALAC巻頭で書いたら、NHK広報が「取材せずに、何てことを書くんだ」と抗議電話を寄こしたので、「ふざけんな! あんたが広報に来る前に、さんざん広報を通じて取材した」と怒鳴りつけたことがある。海老沢会長時代の話ですけれども)

●最後に、北海道テレビDVDをしばらく流し、質疑応答。朝日放送・天本周一(32)の学生向けコメントを紹介しておきます。「みなさん、放送局に入って一緒にやりましょうよ。『自分はこういうことをやりたい』と『自分は放送局に就職したい』という人では、気持ちが全然違う。何かやりたいという強い気持ちがあれば大丈夫。東京の記者は夜討ち朝駆けばかりでドキュメンタリーなんて作れない。大阪なら作れる。テレビの将来がどうといろいろ言われますが、全然大丈夫です。あと15年は大丈夫。自分の嫁にもそういっています。20年後はわからないけど(笑)。大阪まで受けに来てください。お願いします」

●終了後、江古田駅南口、郵便局そばのカフェテリア「レガロ」で懇親会。感慨深かったのは各局のみなさんから、ギャラクシー賞をもらったのは名誉なことでうれしかったという以上に、局内で番組や報道活動への評価が高まり、番組見直しの声を抑えたり、企画を通しやすくする効果があってありがたかった、という声を聞いたこと。この現場の声は、審査員に対する最大のねぎらいの言葉で、皆やっててよかったと思ったはずです。今日はお台場で泊まるという伊藤秀男と飯田橋で別れ、もー吉。小林英美も来る。矢来町の長崎ちゃんぽんで26時まで。赤ワインを飲み過ぎ、久しぶりに酔っぱらいました

尖閣漁船衝突映像を考える 2010-11-12

2週間、諸君の顔を見ていなかったので、今日は話・議論をしよう。

●配布資料に関して

○報道活動部門ギャラクシー賞受賞「報道活動」を見て、制作者と語る会(案内チラシ)

→テレビ部門があるのに、なぜ報道活動部門なのか。
→13日に江古田に来る、つまり2009年度に高く評価された報道活動は地方局ばかりだ。なぜか。一昨年、昨年と同様の催しをやっているが、見た学生はみな「おもしろい」という。だから、諸君も見なさい。で、東京で見る報道とどこが違うのか、考えてみよう。

○毎日新聞2010-10-25記事

→見出し「情報途絶、許されない 実態調査の手法に問題点」の例は、たとえば……(以下略)。
→興味のある人は、次のページを読むとよい。
「地上デジタル放送完全移行の延期と現行アナログ放送停止の延期を求める」記者会見・提言発表

●尖閣漁船衝突映像を考える

○先週11月5日の授業では「みずきとの衝突」(3分32秒)を流した。その前日4日午後9~10時頃にYou Tubeにup、朝にはアカウントが消えていた。それを午前10時40分からの授業で流すてのは、なかなかエグい。日本の大学でほとんど最速だぜ。もう一度見てみよう。

「よなくに」船尾にぶつけた最初の衝突(11分25秒)
「みずき」右舷にぶつけた二度目の衝突(3分32秒)

→十数人の受講生中、この映像を見たことのある者がほとんどで、ネット(You Tube)で見た者とテレビ(ニュースなど)で見た者がほぼ半々。この授業で初めて見た者が二人(感想A:もっとドーンと衝突したと思っていたので、それよりは大したことのない衝突だ。感想B:黒煙が上がったので、思っていたよりヒドい衝突だ)。なお、黒煙はディーゼルエンジンからで、加速して離脱を図ったためだと、別の受講生の指摘あり。

○これは「事実」を撮影した映像だが、この映像だけで、感情的に反応したり、判断したり、行動を起こしたりすることは危険だ。次のような考え方が必要だろう。

→流出したのは、十数時間分ほどあるとされる映像のうち44分だけ。これがすべてではない。たとえば、中国漁船(映像音声中の「該船」)船長を逮捕するとき、ぶん殴ったりしていないとも限らない(撮影中はやらないのが普通だが)。そういうことはありうると思っていたほうがよい。
→ぶつけてきたのは中国漁船側。逮捕は当然だ。日本の領海外(公海上)でも、ぶつけてくれば逮捕する。この教室内で誰かがナイフを振り回したら、俺やほかのみんなでぶん殴って逮捕してよいのだ(現行犯人は、逮捕状なしに誰でも逮捕できる)。日本の領海に海上保安庁にぶつけたら、暴走族がパトカーにぶつけるのと同じで、逮捕されて当然だ。逮捕どころか、相手が軍艦なら、撃沈されても文句は言えない。問題はその先である。
→逮捕されて当然の中国漁船のしょうもない行動を、どう処置するかは、この映像(が伝えていること)とは別の話である。たとえば、

・過去の同じまたは似ている事例と比較して、どうすべきか。(2004年上陸事件の対応は?)
・他の領土問題の事例と比較して、どうすべきか。(北方領土、竹島と比べてどうか?)
・日中関係全般と事件を比較して、どうすべきか。(互いに世界1位の輸入先、互いに米に次ぐ世界2位の輸出先というような日中関係は?)

などを考慮して対応するのは、当たり前。「映像を見れば明らかに悪辣な漁船だから、船長を逮捕、勾留、起訴、有罪に持っていくのは当然」なのではない。その政治判断をするのは内閣だ。外務省(外交の事務方)ですらなく、首相以下の官邸の判断だ。ところが、今回はそれがブレた。最初は起訴しようとし、中国が猛反発すると、船長を釈放した。で、衝突映像を見せないことにした。だから、そんなのあるかいと、海保職員が流出させた。
映像はつねに主観的、一方的、断片的なものだ。断片的とは、空間的(視覚的)・時間的にだ。どんな映像を見るときも、「その映像だけ」で映像の意味や価値を考えたり、判断材料にしてはいけない。

多くの政治家も、マスメディアも、多くの国民大衆も、以上のことがまるでわかっていないか、ほとんど忘れているように、私には見える。

→(以下は、授業ではハッキリとは言わなかったが)私は、別に親中派でも何でもないが、想像力を働かせれば、彼らが次のように考えたことは間違いないと思う。すなわち、

小泉政権は、2004年に7人の中国活動家が尖閣に上陸したとき、逮捕の後すぐに強制退去(送還)とした。6年後の菅政権は、2010年に酔っぱらいの船長が船を海上で日本のコーストガードにぶつけたとき、逮捕の後、勾留・起訴・有罪に持ちこもうとしているように見える。前原外相は対中批判を繰り返し、問題をことさら大きくしようとしている。なんでだ? 活動家の上陸と酔っぱらいの衝突、どっちが大事件なのだ? 日本政府は6年間に、対中政策をどう変えたのだ? 船長が有罪になれば、われわれの面子は丸つぶれ。国内の反日ナショナリズムを抑えられなくなったら、どうしてくれるんだ。

──日中間に非政府の太いパイプがあれば、そのルートでこれに近いことを言って寄こしたかも。それがなく、面子だけは気にする大国だから、在北京の日本大使を夜明け前に叩き起こしたりしたわけだろう。

→「外交というのは、相手があることだから『100対0』という結果はない。それを目指すと必ず失敗する」と田中均が、7月に琵琶湖塾に呼んだとき言っていた。その通りだろう。こっちが100のときは「60対40」くらいを落としどころにして、相手の逃げ道を作ってやるのが常道。ブッシュはイラクに対し「100対0」をやって失敗した。アフガンも失敗は明らか。日本の対北朝鮮政策が全停止中なのも「100対0」を求めているから。

尖閣漁船衝突映像、前週つづき 2010-11-05

受講生諸君へ

                    2010-11-05 坂本

【1】申し訳ないが、本日もどうしてもはずせない急用あり。坂本は欠席ですが、授業は、米山さんに頼んで映像を流します。

 1)海上保安庁撮影の尖閣・漁船衝突映像(3分32秒)

流出させた者のYou Tubeアカウントは、本人が消去した模様。国会が政府に提出を要求し、一部議員に限って見せた7分弱映像の半分近くは、これと同じだった可能性がある。それをネット上で見ることができる状況、この映像の意味、この映像が引き起こすだろう問題について、考えてみる。【追記 坂本サイト「日録メモ風更新情報」に詳しい記事あり。読んでごらん。たぶん諸君の考えていることとはかなり違うだろうから、反論してくれ】

 2)先週見せたDVDのうしろ80分。先週は時間切れだったので。

【2】来週半ばにはブログに記事をupするので、コメントを書き込むように。すぐ書きたい人は、自分のワープロなどで書いておき、あとでupしてください。

【3】11月13日に江古田キャンパスで、別紙チラシのように報道活動部門ギャラクシー賞受賞「報道活動」を見て、制作者と語る会があります。坂本授業の受講生は出席必須です。どうしても出席できない者は、当日までに欠席理由を明記した書面を坂本宛て(学科事務室・米山さん経由で可)提出すれば、単位・成績については配慮します。

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報道活動部門ギャラクシー賞受賞「報道活動」を見て、制作者と語る会

●日時:2010年11月13日(土)13:00~17:00(開場 12:30)
●場所:日本大学藝術学部江古田キャンパス(西武池袋線各駅停車にて江古田駅下車 北口より徒歩3分) 東棟2階 E207教室
●入場無料(定員100名) ※事前申込み不要。どなたでも入場できます。
●主催:放送批評懇談会ギャラクシー賞報道活動部門委員会
●後援:日本大学藝術学部放送学科

【プログラム】※氏名の次に(所属)がないのは、放送批評懇談会の報道活動部門選奨委員
12:30  開場/受付開始
13:00~13:05  開会あいさつ

13:05~14:15(part1)
●北海道テレビ「議会ウォッチ」上映
●札幌テレビ「聴覚障害偽装事件における一連の報道」上映
●ディスカッション《終了後10分休憩》
北村稔(北海道テレビ)、眞鍋浩史(札幌テレビ)、麻生千晶、山田健太

14:25~15:35(part2)
●伊那ケーブルテレビジョン「上伊那の戦争遺構シリーズ」上映
●朝日放送「NEWSゆう+ 追及!終わらない年金問題」上映
●ディスカッション《終了後10分休憩》
伊藤秀男(伊那CATV)、天本周一(朝日放送)、露木茂、坂本衛

15:45~16:55(part3)
●AMラジオ災害問題協議会「関西発いのちのラジオ 災害への備え」試聴
●鹿児島テレビ「ナマ・イキVOICE~オンナたちの小さな挑戦・20年」上映
●ディスカッション
谷 五郎(ラジオ関西)、石神由美子(鹿児島テレビ)、鈴木典之、小田桐誠

16:55~17:00  閉会あいさつ

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主宰者から

日本大学藝術学部放送学科

●このブログは、日本大学藝術学部(日芸またはNGと略)放送学科の授業の一環として設置しています。もちろん学外の方も自由に閲覧やコメントしていただけます。学生らの活動を厳しく、ただし温かく見守っていただければ幸いです。学生には「ブログ炎上も授業のうち」といってあります。

●ブログ開設は2006年ですが、1999年からマスコミ演習、マスコミII、放送特殊研究Vといった授業を担当しており、2005年以前のレジュメなど古いものも置いてあります。(坂本 衛)
 

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